皆が言葉少なに先を急ぐ中、ティナは誰かに呼ばれた気がしてふと立ち止まった。
ごつごつとした岩肌に足を取られそうになる。
足場を見下ろせば、人々の生活の名残が集まっては埋もれている。
そんな場所だというのに、どこか懐かしい声に呼ばれたような気がしたのだ。
「ティナ、どうかしたのか?」
声を掛けられ、はっと顔を上げる。
きっちりと結ばれたバンダナの下で様子を窺うような瞳を目にして、ティナは慌てて首を振る。
「何でもないの。色んな音が聞こえるから、少し気になっただけ」
「そうか…」
言って、ロックは辺りの音を探るように周囲を見渡す。
けれどその視線は魔物の気配でもどこからともなく聞こえるベルトコンベアの機械音でもなく、その向こうを探しているように見えた。
「セリスが心配?」
「なっ、いや、それは…!」
ロックは両手を忙しなく上下させたが、諦めたようにぱたりと下ろす。
「…心配だ。セリスなら大丈夫だって信じてるけど」
ティナは何も言えず、目を伏せる。
幾つもの仕掛けが施されたこの地ではパーティーを分散しなければならなかった。
別部隊になってしまった二人の心情を思えば、慰めの言葉も見付からない。
でも、とロックが呟く。
「あいつ、守ってくれるって言ったわよね、って言うんだ」
「…離れているのに?」
「あなたに守ってもらうから、私は次に会うときまで絶対倒れたりしない。だから、あなたもちゃんと生き延びて私を守ってね、だって」
俺よりよっぽど強いよ、あいつ。
言って、ロックが笑う。
「さあ、急ごう。遅くなるとどやされるかもしれない」
そうね、とティナも笑った。
差し出された手を取ろうとして、指先が止まる。
「…ごめんなさい。少し、いい?」
「え?」
置き場のなくなった手で頭を掻き、先を行く二人を振り返る。
「エドガー、マッシュ!ちょっと待ってくれ!」
「どうした?」
すぐに揃った皆を見渡して、ティナは言葉に詰まる。
明確な説明は出来ない、けれど。
「…ほんの少しだけ、待っていてもらっていいかしら」
「え、ああ…」
「構わないよ。行っておいで」
柔らかく微笑んだのはエドガーだった。
短く礼を言って、すぐに駆け出す。
「どうしたんだ?ティナ…」
「花を摘みにじゃあないか。まあ下世話な詮索はしないに限るよ」
「花ぁ?こんなとこに咲いてるかな」
「……マッシュ」
仲間の声が遠くなっていくのを背中に、横路に入る。
確かに聞こえたあの声を追ってティナは走った。
瓦礫の一山を見付けて、もつれそうな足をやっと止める。
「…あなただったのね」
跳ねる心臓を押さえながら見上げる。
崩れた民家の壁、ひび割れた大地の残骸。
それらに埋もれるようにして佇む金属の塊。
魔導アーマーを、ティナはただ見上げた。
「ここに、居たの」
軋む音すら返さない、生きてはいないものにティナはそっと歩み寄る。
辺りには死の臭いしかしない。
ここは、かつては人と共にあったもので埋め尽くされている。
もう人に必要とされないものたち。人が捨てたものたち。
自分が捨てたもの。
過去の自分の墓標だ。
そっと触れると、静かな冷たさが手のひらを伝う。
謝るのは違う気がした。
だから、ティナは感じたありのままを言葉にする。
「ここに居てくれて…あの人を独りぼっちにしないでくれて、ありがとう」
脳裏に浮かぶ姿を思い、ティナは目を閉じる。
世界の死骸を集めて積み上がった墓場の中心で、ただ独り立っている瓦礫の王様。
その命を断つために、ティナは今ここにいる。
哀しいひとだと思う。
それと同時に、愚かだとも。
寄せる感慨もありはしない。けれど。
でも、せめてあなたは彼の傍に居てあげて。
錆びた表面を撫でると指先が黒く染まる。
その汚れがとても愛おしいもののように感じて、ティナはそっと指先に口付けた。
魔導アーマーとがれきの塔。
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