後ろを着いてくる軽快な足音に、正直なところ辟易していた。

ここの所いつもそうだ。
素材を探して彷徨くとき、周囲の様子を窺いに出るとき、ただふらりと散歩に出たとき。
何故かバッツが着いてくる。
流石に、用を足しに行くときは何とか言いくるめてやめてもらったが、それにしたってプライバシーが削られているのに変わりはない。
独りを特別好むわけではないが、考え事くらいはしたいのだ。

クラウドが溜め息と共に足を止めると、後ろの足音も少し遅れて止まる。


「クラウド?どうしたんだ?」

「それはこっちの台詞だ」


少し呆れた体で言ってやると、バッツは不思議そうに首を傾げた。
言葉にしなければ伝わらないか、とクラウドは思い直す。
察してくれる者が周りに多いと横着しがちになる。


「…どうして俺の後に着いてくるんだ」


言ってから、それが非難に聞こえると気付き、気になるだろ、と付け足す。
バッツはああ、と頷くと笑顔になった。


「おれ、チョコボと旅をしていたんだ」

「チョコボ?」


いきなり何の話だ。
バッツは思い出を手繰るように、懐かしそうに目を細めて続ける。


「こんなこと言うのも変かもしれないけど、話のわかるやつでさ。おれを諭してくれるときもあったんだ」

「…仲間だったんだな」

「ああ。おれの相棒だよ」


ふとバッツの瞳に寂寥の色が宿る。


「…元の世界のこと、あんまり思い出せないんだ。こんなに大事だって思ってるのに」


言葉を失う。
その心情は、クラウドには理解出来ないものだ。
元の世界の記憶のない者や疎らな記憶しかない者が多い仲間の中で、クラウドは過去の旅の記憶を全て持ち合わせていた。
思い出したくない記憶もある。
それでも、思い出せないよりはましだ。


「クラウドを見てると、あいつとの思い出がぼんやり浮かんでくるんだ」

「どうしてだ」

「クラウド、チョコボに似てるって言われないか?」


空気に亀裂が入るような感覚が走った。
しかしそれを感じていたのはクラウドだけのようで、バッツは変わらずにこにこしている。


「…面と向かって言われたのは初めてだ」

「へえ、こんなにそっくりなのになあ」


瞬間的に沸き上がった怒りを何とか腹の底に押し込める。
チョコボを相棒と懐かしむバッツのことだ、褒めているに違いない。
それに、こんなことで目くじらを立てていては年上の威厳も何もあったものではない。

バッツは目をきらきらさせてクラウドの顔を覗き込む。
こんなにころころと表情が変わるのは面白かったが、状況が状況だけに少し不快だ。


「なあ、チョコボと話したりは出来ないのか?」

「出来るわけが…!」


半ば怒鳴りかけて、あの旅の記憶が蘇ってはっとする。
そう言えば、チョコボに話し掛けたことはある。
勿論冗談のつもりだったのだが、何度か話している内に嘴でくわえたマテリアをクラウドの手に落としたのだ。
あのときは思いがけない収益に喜んでいたが、そうか、同種族と思われていたのか。


「出来るのか?」

「…出来ない」

「ほんとに?」

「出来ない!」


思わず声を張り上げてしまって、すぐに反省する。
ちらとバッツを見やるも、そっかあ、としょんぼりしているだけで気にしている様子はない。
バッツが落ち込んでしまわなかったのには安堵したが、これでは腹の虫が収まらない。
何か一言は言ってやろうとクラウドは言葉を探す。


「…今はあんたの方がチョコボみたいだろう」

「おれが?」

「人の後を着いて回って、まるでチョコボの雛だ」

「おれが雛か、そりゃあいいや!」


バッツが声を上げて笑うので、軽く拍子抜けする。


「…チョコボなんて言われて喜ぶなよ」

「だって俺が雛チョコボで、クラウドがお母さんチョコボだろ?」

「だっ…せめてお父さんと言え!大体あんたは…」


盛大な文句は最後まで言わせてもらえなかった。
向かい合ったまま、正面から抱きすくめられて息を呑む。


「そうだ、こうやってくっついて、よく寝たんだ。野宿でもちっとも寒くなかった。一緒だったから、寂しくなかった」


抵抗することは出来ず、けれど背中に手を回すことも出来ずにクラウドは立ちつくす。
似た色合いの毛色の向こうに、思い出の世界を見ているのだろうか。
バッツは一度きつくぎゅう、と抱き締めると、背伸びしてクラウドの旋毛に鼻先を埋めた。
胸いっぱいに息を吸い込む。


「…くさい」

「臭っ…!?な、嘘だろ!」

「整髪料臭い…」


ぺたんと足裏を地に付けてまたもしょんぼりとするバッツに、悪いことをしてしまった気がするがやはり腑に落ちない。
髪からチョコボの臭いがするわけがない。

今度こそ文句を言おうと口を開くも、バッツはクラウドの鋭い目線をすり抜けて、次は首元に顔を突っ込んだ。


「なっ!何してるんだ!」

「あ、こっちの方がいい匂い」

「そんなところで喋らないでくれ、くすぐったい!」


ぞくぞくと背中を走る感覚に身悶えする。
慌てて引き剥がすと、バッツは不満げに口を尖らせた。


「クラウドの匂い、気持ちよかったのに」

「全く…」


適わない。
怒る気も失せてしまった。

クラウドは半眼で呆れてみせてから、まあいい、と少し笑った。


「でも、程々にしてくれよ。俺はチョコボじゃないんだからな」

「……え?」


瞬間舞い戻った怒りが発露しないよう、一度深呼吸をして収めようとする。
収まらなかった。


「何だその反応は!」








「ぼ」くらの「こ」いもよう。
クラウドがチョコボと喋り出したときは、こいつ大丈夫かと思った。




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