そのとき、唐突に悲鳴が上がった。

瞬時に気を張って声の出所を探ると、叫んでいたのはクラウドだ。
そしてその視線の先に居るのは、常の黒いコートを脱いで湯元にやってきた彼の宿敵だった。


「…クラウド、大丈夫かな」

「半裸怖いって言ってたもんな。全裸じゃ悲鳴上げるのも仕方ないか…」

「何で半裸が怖いの?」

「昔、半裸のセフィロスにマウントとられて顔面ボコボコにされたことがあるって言ってたぜ。あとビーチフラッグも怖いとか」


ビーチフラッグ?と首を傾げるオニオンナイトに、おれもわかんないけど、とバッツが肩をすくめる。

クラウドがまばたきも忘れて体を震わせている様を見て、セフィロスが喉で笑う。


「私が恐ろしいのか、クラウド」

「…あ、せ、セフィ…」

「もっと恐れるがいい。そして憎むが」

「セフィロスさんがポニーテールしてるやべええ!!」


皆がぽかんと口を開けた中、セフィロスは狐に摘ままれたような顔をした。
クラウドは構わず、湯をかき分けて傍へと寄る。


「あっ、あのっ、その髪型似合ってます!」

「…そうか。ならば私のこの姿を記憶に焼き付け…」

「うるっさい!あんた喋んな!俺の思い出を汚すな!」

「……」

「で、でも、このままだとお湯に髪が付いちゃうんで、お団子にした方がいいかもしれませんね!」

「……」

「もし良かったら、俺が髪を結ってもいいですか、なんて…」

「…クラ」

「喋んな!!」


一時はどうなることかと思ったが、戦闘になる恐れはなさそうだ、とスコールはほっと息を吐いた。
当事者…主にセフィロスにとっては戦闘になった方が随分マシだったかもしれないが。

目が合った瞬間、助けを求めるような視線を寄越されたが見なかったことにした。

スコール自身には気楽なものだ。
それぞれ宿敵が同じ世界に居ると言っても、スコールの相手は女性だ。
男がずらりと並んで湯を浴びている中にずかずかと入ってくるようなことはしないだろう。

女性と言えば、ティナも当然ながら温泉には入っていない。
順番待ちをさせておくのは可哀相だが、空気の読めない奴らが先に飛び込んでいったからな…。

待っている間ティナは何をしているだろうとぼんやり考えていると、オニオンナイトが立ち膝を付いて目の前にやってきた。
座り込むと顔まで埋まってしまうのだろう。

どうした、と目で問う。


「…スコール、ティナのこと考えてたでしょ」


ぎくりとして目を見開く。
何でわかったんだ。


「ティ、ティナが温泉に入ってる間は僕が見張るからね!絶対だよ!」


顔が赤いのは湯にのぼせているためではないのだろう、その青い主張にスコールは思わず頬が緩んでしまう。
オニオンナイトはそれを見て何か勘違いをしたのか、あーっ!と怒声を上げる。


「ティナの入浴姿想像したでしょ!いやらしいな、むっつりスケベ!」

「…誰がむっつりだ!」




その頃、当のティナは岩陰でそわそわと落ち着かずにしていた。
俯いたまま目線だけをちらと上に向けると、すぐに気付かれてしまった。


「どうしたのです?」

「えっと…あの」

「言ってごらんなさい」


促されて、言葉に詰まりながらも心中を口にする。


「…私が一緒に居て、いいのかなって…思ったの」

「何か不都合でもあるのか?」


いいえ、と即座に否定するもやっぱり座りが悪い。
不思議そうにティナを見る二人に、また目線を落とした。
同じ女性と言えど、敵であり親交深くしているわけでもない暗闇の雲、そしてアルティミシアと同席するのは緊張してしまう。


「…闘わなくていいの?」

「あら、闘いたいのですか?」

「そうじゃないけれど…」


言ったきり言葉が見付からない。
アルティミシアはティナの沈黙を気にした風でもなく続けた。


「あちらで一時休戦しているのだから、私たちだけが闘う必要もないでしょう。寧ろ私がぶちのめしてやりたいのは皇帝の方です」

「皇帝?どうして?」

「温泉が湧いたと言って、自分が一番に入ろうとするのですよ。レディファーストという言葉を知らないのかしら」


腹が立ったから、彼の時を止めて先にお湯を頂きましたけれど。
苛立たしげに言うアルティミシアに、ティナは目をぱちくりさせる。
その表情に気付き、アルティミシアは僅かに微笑む。


「あなたが入るときも他の者の時を止めて差し上げるわ。安心して入れるでしょう」

「…いいの?」

「ええ」


二人のやり取りを見ていた暗闇の雲は、少し不満そうに呟く。


「わしが入るときは必要ないぞ」

「ええ、先程も聞きました。暗闇の雲」

「気になどせんのだから、今入ってきてもよいか」

「それは先程も駄目だと言ったでしょう、暗闇の雲!」

「何故なのだ…」


叱られた子どものように項垂れる暗闇の雲に、耐え切れずティナは笑ってしまった。
すぐにはっと気付いて口元を押さえたが、暗闇の雲はにやりと笑む。


「随分と愛い顔をする」

「そうですね。笑っていたほうが素敵ですよ」

「そう…かしら」


むずむずする感覚に侵されながらも、ティナは楽しさが湧いてくるのを止められずに微笑んだ。






「なあバッツ!お湯の中でどれだけ息を長く止めてられるか競争しようぜ!」

「やだよ、ティーダに勝てるわけないだろ」

「逃げるのか!」


伸ばされたティーダの手に捕まるまいとバッツが身を捩じらせ、そしてティーダの後ろを見てあ、と声を出した。
その様子を不審に思って振り向こうとした瞬間、ティーダの頭は大きな手によって湯の中へと沈んでいた。
水中でもがく体を押さえ付けながら手の持ち主が笑う。


「ワリーな、うちのバカ息子が」

「全然。楽しんでるよ、おれも」


ティーダは手足をばたばたと暴れさせているが、まだ問題ないだろうと判断してバッツはジェクトと談笑を続ける。


「っつうか、悪いのは俺もか。折角の風呂邪魔しちまってよ」

「え?いいじゃん。みんなで入ったほうが気持ちいいさ」

「そうか?なら遠慮なく!」


すっきりと笑う表情は人好きのするもので、ジェクトの人柄そのものだ。
ティーダには悪いけど、おれこいつ好きだなあ。

混沌の手勢であるジェクトを眺め、ふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。


「そういえば、あいつ。エクスデスは?」

「あー…温泉だって言ったら、殺す気か!っつってどっか行っちまいやがった」

「そっか、元は樹だからなあ。根腐れするとでも思ってんのかな」

「ははっ。かもなあ」


二人で顔を見合わせて笑っていると、水中からごばっと大量の水泡が浮かんできた。
あー忘れてた、とジェクトが手を離すと、途端にざばあっと音を立ててティーダが顔を出す。
何度も咳き込んで、随分な量を飲み込んでしまったらしい喉を押さえる。


「だらしねえな、それでもブリッツ選手かあ?」

「あ、あ、あんたなあっ!」

「怒ったか?おー怖い怖い」

「当たり前だろ!実の息子殺す気かよっ!」


先に聞いた台詞がティーダの口から飛び出し、ティーダも根腐れかあ、とバッツが呟くとジェクトが爆笑する。
ティーダは一瞬ぽかんとしたあと、不機嫌で一杯の顔になるとジェクトに飛び掛かった。




温泉に浸かっているというのに、フリオニールはちっとも気分を楽しめていなかった。

それもこれも、全部皇帝の所為だ。
勘違いしたのは自分だが、湯けむり美人さながらの出で立ちで温泉に入っている方が悪いのだ。
一瞬でもときめいた自分を殺してやりたい。

そんな思いからじりじりと皇帝から距離を置き、気付いたときには淵の方まで来てしまっていた。
ここなら誰も居ないと落ち着いたものの、すぐ隣に人影を見付けてどきっとする。
銀のゆるやかな髪を結い上げてそこに居たのはセシルだった。
湯けむり美人ニ号か。

フリオニールが溜め息を吐くと、セシルはくす、と笑った。


「お疲れさま」

「ああ、何か…どっと疲れた…」


温泉の真ん中辺りではしゃいでいる面々をぼんやりと見ては思う。
本当なら自分だって楽しみたいのに、もうそんな気にもなれない。
こんな端っこでただ座っているなんて。

そこまで思ってふと気付く。


「…セシルは何でこんなところに?」


みんなのところに行けばいいじゃないか。
そう言うと、セシルは少し目を曇らせた。


「…兄さん、やっぱり来てないんだ」

「ああ…」


ずっとそれを気にしていたのか。
フリオニールはそっとセシルから視線を外す。

兄弟と言えど、一度敵対した間柄を乗り越えるのは容易ではない。
寧ろ、絆があればこそ再度同じ道を歩むのは辛いことになる。
許すのは難しい。
けれど許される方は、とも思う。
許された分だけ、自分で自身の罪と闘わなければならないのだ。
ならば、いっそ離れた方が。

セシルはぽつりと、気持ち良いね、と言った。


「温泉か?」

「うん、すごく気持ち良い。…ぼくは、兄さんにもこの気持ちよさを知って欲しいんだ」


セシルもどこか遠くを見ているようだった。
独り言と大差ない声で、ぽつりぽつりと言葉が続く。


「兄さんは暖かいものとか、優しいものとか。そういうことから自分を遠ざけるんだ。触れたくてたまらないとしても」

「…それが救いになる場合だってあるんじゃないのか。どんなに優しいものでも、触れることが辛いのなら」


そうかもね、と言って、セシルは一度言葉を切る。


「でも、ぼくは無理にでも押し付けるつもりだ。ぼくに言われたら兄さんは断れないだろう?」

「…ひどいな」


思わず漏れてしまった言葉に、フリオニールは慌てて口を押さえる。
セシルは驚いた顔をしていたが、すぐに微笑んだ。


「ひどいよ。けれど、ぼくにしか…家族にしか出来ないことかなって思うから」


おこがましいかもしれないけどね。
そう続けたセシルの柔らかくてそして強い微笑みに、フリオニールは俯く。
ゆらゆら揺れる水面を見つめながら小さく、けれど何度も頷いた。

湯で顔が濡れていて良かった。
そうだ。今は無理でも、いつかはきっと。




フリオニールたちのすぐ後ろにあった岩陰で、ジタンは座り込んでいた。
皇帝が温泉の中に居るのを知ったあと、こっそり服を着直して場を離れていたのだった。

忍び足がうまくいったのは誇らしいが、こうも誰も気付いてくれないとなると少しばかり寂しいものがある。

ぼんやりと考える。
家族にしか出来ないこと。

仕方ない、行くか。
ジタンは腰を上げると、幾つも並ぶ大岩の一つに目を付けた。


目的の岩の後ろを覗き込むと、やはりと言うべきか目当ての人物を見付けることが出来た。
すう、と勢いよく息を吸い込む。


「クジャ、何してんだよ」

「ううわっ!ジ、ジタン!?」


相当驚いたのか、文字通り跳び上がったクジャはその挙動をなかったことにしたいのか、そのまま宙に浮いて何事もなかったかのような顔をしてみせた。
温泉が気になって仕方ないように覗いていたくせに、服はしっかりと着込んでいる。
しっかりと、と言っていいような服装ではないのだが、それはまあ置いといて。


「ここに居ると思った」

「…どうして」

「何となくだよ」


ふん、と顔を背けるクジャに構わずジタンは地べたに座り込む。


「…お前が温泉に入らないとか、どういう風の吹き回しだよ?」

「あんな野蛮な奴らと肩を並べて?ハッ!冗談だろう。僕の肌が穢れるよ」

「当ててやろうか。尻尾だろ」


ぴく、とクジャの表情が強張る。
だがすぐに、それもなかったことにするかのように顔を歪ませてた。


「勝手に人のことをわかった気にならないでくれるかい」

「違うのか?」

「この世界で気になんてしていないよ、トランスすることも多いんだからね」

「見られたくないんだろ、尻尾の傷」


すとん、とクジャの足が地に着いた。


「……どうして、それを」

「何となくだよ」

「だって、だって見せたことなんてないじゃないか。僕が君に言うはずもない」


クジャの責めるようですらある視線に向き合わず、ジタンは自身の尻尾の先を指先で弄んだ。
意思に沿って、そして時には反してあちこちに動く尻尾はジタンにとって馴染み深いものだ。
自分の一部だし愛着もある。
クジャにとってはどうだったのか、想像するに難くない。


「…クジャはそうするかなって思った。何となく、な」

「……」


永遠に沈黙を守っているかと思えたが、空気の震える音が聞こえた。


「…愚かしいよ。躊躇い傷ばかり増えて、結局切り落とすことも出来ない」

「いいだろ、それもクジャの…俺たちの一部だ」

「必要ないさ、こんなもの」


ぐしゃぐしゃに歪められた顔は、自身で付けた傷の多さを物語っているようだ。
泣くなよ、とジタンは言った。


「顔、浮腫むぜ」

「誰が泣くだって?寝言は寝てからにしなよ」

「あーはいはい。じゃあ後でゆっくり温泉浸かって、浮腫み取るしかないよな」


クジャは唇を引き結んで、くるりとジタンに背を向けた。
そして少しの間を置いてからぼそぼそと呟く。


「…仕方ないから君となら一緒に入ってあげてもいいよ、ジタン」


相も変わらずの言い分にすっかり呆れ果てた顔をしてから、ジタンは眉を下げ、笑った。


「しょーがねえ、いっちょ裸の付き合いといくか。兄弟水入らずで!」


クジャの背中からは表情は読み取れなかったが、僅かに頷こうとして、やめたのが見て取れる。
素直じゃないな、本当に。


温泉の方からは、騒いでいた声も聞こえなくなっていた。
そろそろ皆がのぼせる頃合いだろう。
揃いも揃って頬を赤く染めた面々を想像して、ジタンは吹き出しそうになった。








FFの泉は回復ポイント。




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