先を急ぐ旅であれど、安息日は必要だ。
体を休めたり、装備品の手入れをしたり、はたまた腰を落ち着けて雑談したりと各々が自由にしているのを眺めて、ウォーリア・オブ・ライトは密かに微笑みを浮かべた。
闘いに身を投じている仲間たちも、休憩の間は年相応の表情を見せる。
これこそが護りたいものなのだと自身を発起させる糧にもなった。
「あれ…おかしいな…」
不意に傍で声が聞こえ、視線を落とす。
声の主が見当たらないため、もう一段落とすと、オニオンナイトがきょろきょろと何かを探していた。
「どうした?」
「あ…いえ、ティナが見当たらなくて。どこ行っちゃったんだろう、一人は危ないって言ってるのになあ」
保護者さながらの発言が何だか可笑しくて口元を弛める。
そのやり取りを見ていたフリオニールが横から顔を出す。
「テントにいるんじゃないのか?」
「見に行ったけど、空っぽだったよ」
「見に行っただあ?」
会話を聞きつけたらしいジタンも話に入ってくる。
やれやれと言った風に首を振ると、何か教示するよう片手を挙げる。
「レディのテントに勝手に入ったのか?デリカシーないぜ」
「お生憎さま。僕はティナにいつでも来ていいよって言われてるんだ」
「え…そうなの?」
「そうだよ」
一度挙げた手の行き場がなくなり呆然としているジタンを余所に、会話からティナの不在を察した者がわらわらと集まってくる。クラウドに、セシルに、ティーダ…スコールまでも。
皆がティナには甘いな、と自分を差し置いてウォーリア・オブ・ライトは独りごちる。
秩序の軍勢が集まりきったのを眺め、ふと気付く。
ひい、ふう、みい…やはり足りない。
「バッツはどこだ?」
「バッツぅ?」
「本当だ。バッツも見当たらないね」
皆が辺りを見回していると、遠くから当のバッツの声がする。
振り返ればバッツはこちらに向かって走ってくるところで、その片手はしっかりとティナの手を握っていた。
誰が行動を取るよりも早くオニオンナイトが駆け出し、バッツに食って掛かる。
「ちょっと!バッツ、ティナをどこに連れてってたのさ!?」
っていうかティナの手離しなよ!と憤慨するオニオンナイトにバッツは後で、とさらっと返す。
「後でって…うわ、ちょっと、ねえ!」
オニオンナイトの手まで取ってこちらに駆けて来ると、バッツはきらきらと輝いた目で皆を見つめた。
ティナも同様に興奮状態にあるようだ。
ウォーリア・オブ・ライトはとりあえずと言った風に問う。
「バッツ、何があった?」
「今ティナとフラッドの訓練しててさ、おれのものまねだとまだまだかなって思って、ティナに見てもらおうとさ」
「ううん、そんなことないわ。本当に完璧なんだもの、びっくりしちゃう」
「そうかな?そう言ってくれると嬉しいけど」
「ええ。私も、もっと頑張らなきゃ」
咳払いを一つする。
バッツとティナはきょとんとした顔でこちらを見て、目をぱちくりさせる。
状況説明を、と一言告げると、バッツはまたぱっと顔を輝かせた。
「そうだ、温泉が湧いたんだよ!」
バッツとティナの先導のもとぞろぞろと着いていくと、秩序の聖域の最端の水域の及ばないところ、大岩が立ち並ぶ辺りに湯気が上がっているのが確かに見える。
度重なるフラッドによって地殻に影響が出たのかもしれない。
列を成した秩序の軍勢たちの中から幾つか歓喜の声が漏れる。
しかし、天然の温泉だというのなら必ずしも害がないとは限らない。
ウォーリア・オブ・ライトは、今にも服を脱いで飛び込んで行きそうなバッツを制する意図も込めて肩に手を置く。
「成分を確かめるまでは湯に浸かるのは危険だな」
「大丈夫だと思う。一応、臭いを嗅いで少し味もみてみた」
「しかし確実とは言えないだろう」
「そしたら、回復した」
「…大丈夫そうだな」
そもそも秩序の聖域に湧いた温泉だ。
有害である筈がないのかもしれない。
秩序の戦士たちを振り返り許可の意を含んで頷くと、今度こそ歓声が沸いた。
「早速入ろう!」
「おれ一番乗りー!」
「ずるいぞ、バッツ!」
途端に駆け出していく若者たちを呆れ半分で眺めると、本当に子どもなんだから、とオニオンナイトが呆れた風で言うので、また笑みが溢れた。
ブリッツボールを持ち込もうとするティーダをフリオニールが抑えている間に、バッツがさっさと服を脱いで温泉の畔に立つ。
湯気の向こうを目を細めて見やると、小さく首をかしげた。
やっと脱衣を済ませて続いてきたフリオニールが声を掛ける。
「どうしたんだ?バッツ」
「いや…あそこに誰か居ないか?」
「見間違いじゃないのか、俺たちが一番最初の筈…」
目を凝らして見ると、確かに湯気の中にはぼんやりと人影が浮かんでいる。
不意に風が吹いて、湯気が一瞬消える。
ほんの僅かな間だったが、そこにいた人物は一糸纏わぬ姿で湯に浸かっていた。
フリオニールの心臓が跳ねる。
一瞬だけど見えたのは、金の色をした豊かな髪が湯に付かないよう結い上げたうなじと、肩まで湯に浸かった細い背中。
自然の温泉だ、男湯だの女湯だのの区切りはない。
しかし、こんな、混浴だなんて…!
フリオニールが混乱しそうな頭を抱えていると、湯気の中の人影がこちらを振り返る気配がする。
周囲に聞こえてしまうのではというくらいに煩く鳴る心臓をどうにか鎮めようと息を長く吐くと、人影が声を上げた。
「そこに居るのは誰だ」
「うわああああ!!!」
フリオニールが悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。
聞こえた声は女のものとは似ても似つかないほど太く、それどころか嫌と言うほどに聞き覚えがあった。
「…皇帝!紛らわしいんだよお前は!!」
「え、フリオニールってばさっきので気付いてなかったんスか?」
悪気なく発せられたティーダの一言だったが、自身の注意力の低さを指摘されたようでフリオニールは黙り込む。
それを察したバッツはまあまあ、と双方を押さえ、湯の中に座る皇帝に向き直る。
「で、何で皇帝がいるんだ?ここ、秩序の聖域だぞ」
「温泉が湧いたと聞いたのでな」
「情報早いなあ。それで早速?」
皇帝はふんと鼻を鳴らすと、居丈高に言ってのける。
「一番風呂は私にこそ相応しい…」
「ふざけるな!一発殴る!」
フリオニールが湯の中にざばざばと入っていくのを、ティーダが必死で止める。
「待った待った、装備全部外してるのに闘う気かよ!」
「思春期の心に与えた傷の深さを思い知らせてやるんだ、この素手16で!」
「何やら状況が掴めんが…歯向かう気なら相手になろう」
皇帝が手をすいと伸ばすと、岩陰の向こうから愛用の魔導杖が飛んできて手元に吸い寄せられた。
ざばと湯を切って立ち上がる。
フリオニールも拳を握り締める。
「…何やってるんだ」
背後から掛けられた声に振り返ると、他の秩序の面々が脱衣を終えてずらりと揃っていた。
分が悪いと感じたのか、皇帝が眉を顰める。
しかし、クラウドは呆れたように溜め息を吐いた。
「温泉でまで闘うのか?勘弁してくれ」
「でも、クラウド!俺悪くない!あいつが悪い、全部!」
半ば泣き付くように弁明をするフリオニールをはいはいと流し、皇帝を見やる。
「あんたもあんただ。子ども相手にムキになるな。下、丸出しだぞ」
皇帝は自身の体を見下ろし再度湯に身を沈めたが、しかし杖は手離さぬままにクラウドをきつく見据える。
子ども!?とフリオニールが衝撃を受けた声を上げていたが、誰にも相手にされなかった。
「影を抱く者よ。我らの闘いの宿命には休息などない。そうだろう」
呼び掛けの言葉に、クラウドは嫌悪に顔を歪ませる。
やめろよ、と制した声は意外にもスコールのものだった。
「バッツの言い分が正しいのなら、この温泉に浸かっている間は常に回復するんだろう。そんな状態で闘っても決着はつかない。違うか?」
「……」
暫くの沈黙の後、クラウドは肩をすくめわかった、と返す。
「温泉くらいゆっくり浸かりたいんだよな」
「…言ってないだろ」
言ってしまえば面倒くさい、その本心を見透かされてスコールがそっぽを向く。
皇帝が手をひらりと宙で揺らすと、魔導杖は元在った場所へと戻っていった。
「一時休戦というわけか」
「そうだ」
「よし、そうと決まったらウボァー!背中流してやるよ!」
「誰がウボァーだ!灼き殺すぞ虫けらが!」
ばしゃばしゃと湯の中を率先して進んでいくティーダに、各々が続いた。
湯は丁度いい温度で、体を温めると同時に日々の疲れをもほぐれさせていくようだ。
体を洗うと言ってもこの世界では濡らした布で体を拭くか、精々水浴びがいいところだ。
たまにはこんなときがあってもいい、とウォーリア・オブ・ライトは湯の温かさに目を閉じた。
「な〜にやってるんデショ。楽しそうにしちゃって、腹が立つ!」
言葉とは裏腹に浮き足立つような声が聞こえて振り返ると、いつの間に来たのか隣で見知らぬ者が湯に浸かっていた。
言動と声を元に頭の中で判断して、問う。
「……………ケフカか」
「何なんですか、その間は」
ウォーリア・オブ・ライトは二の句も告げず黙り込む。
道化の化粧は人相を恐ろしく変えるとは言え、素顔で判断出来なかったというのは失礼に当たる、気がする。
ケフカであるだろう人物は、はあーっ、と長すぎるくらいの溜め息を吐いて口を突き出した。
「いいですよ、誰だかわからないってのは言われ慣れてます。しっつれーだとは思いますけどね!だから今度会ったときボロボロにしてやるんだじょ」
覚えてたら!とけたけた笑うケフカに、ウォーリア・オブ・ライトは僅かに首を傾げる。
一時休戦としたものの、この者が盟約に従う類の人物には思えなかった。
視線に気付いたのか、ケフカが先回りして言う。
「私も今日はお休みしますよ。すぐに回復しちゃうなんて破壊の意味がないですからね。ぼくちんつまんないことはしないのだ!」
「そうか。助かる」
「べっつにあんたのためにしてるんじゃないもんね〜」
小憎らしい口調も、今日ばかりは微笑を生む一因になる。
混沌に組する者と並んでいるのにこんなに穏やかな心持ちになれるのは、自身でも驚いた。
「ところで、ガーランドは来ていないのか?」
「あのカタブツですかあ。秩序の聖域におめおめと、しかも湯浴みになど行けるかーって言ってましたよ。ばかだね!」
「そうか…」
こんなときでなければ落ち着いて話をする機会も得られないだろう。
今までがそうだったように、これから先も。
宿敵の筈の相手がこの場にいないことがほんの少しだけ、残念に思えた。
戻る