ぱち、と薪のはぜる音がする。
この辺りは少し冷える。
暦の巡りの上ではまだそう寒くもない筈だが、広大なグラン=パルスに於いては所変わればそれも頼りにはならない。
夜にもなればこの通り肌寒く、野宿は厳しくなる。
ファングは傍らに積んだ薪を一つ手に取ると、焚き火にくべた。
「…ファング?」
不意に名を呼ばれ顔をそちらに向けると、ヴァニラが半身を起こしていた。
「悪い、起こしちまったか」
「ううん。それより、起きてたの?」
心配するような声音だったが、ファングを見据える瞳には非難の色が籠もっている。
言葉を探して視線を巡らせると、ヴァニラの声が鋭くなった。
「ファング。私、大丈夫だよ。ファングも休んで」
「…そういうんじゃねーよ。私が眠り浅いの知ってるだろ?眠れないついでに火の番をしてただけさ」
「ファング!」
声に怒りが含まれたのを悟り、ファングは後頭部を軽く掻く。
「ねえ、火の番なら私にも出来るよ。戦いでは足引っ張っちゃうけど…」
「そんなことねーよ。ファルシから与えられた力でも、私に攻撃魔法は使えなかった。それにヴァニラの回復魔法がなけりゃとっくにおっ死んでたさ!」
「…でも」
渋る様子を見せるヴァニラに、ファングは少し笑って手を伸ばす。
暖かい色をした髪をかき回すと、ヴァニラは口をへの字に曲げた。
「心配すんな。もう少ししたら休むから」
「でも…でも、いつもファングにばっかり。私が居ない方が」
「ばーか」
額を中指で弾くと、きゃっと短い悲鳴が上がる。
「ひどーい!何するの!」
「何もかんもねーよ。疲れた顔しやがって、そんなんで大事な見張りを任せられるか。絶対居眠りするに決まってる」
「う…」
予想は出来るらしく、ヴァニラが口ごもる。
ファングが大笑いすると、ヴァニラはまたひどい、としょぼくれた。
笑うのをやめて、細い肩に手を置くと見上げてきたヴァニラと目が合う。
「遠慮だとか無理だとか、うちらの間でそういうのはなしだ。私が疲れたらちゃんと言うから、そのときは頼むぜ?」
「……うん」
控えめに頷いたのを確認して、ファングはもう一度ヴァニラの頭をくしゃりと撫でた。
「わかったらさっさと寝な。大口開けて、でっかい鼾かいて」
「そ、そんなことしないもん!」
どうだか、と笑うと、ヴァニラはふてくされて毛布代わりの粗布の中に潜り込んでしまった。
暫く背中を向けたまま動かなかったが、不意に体を反転させる。
「ねえ、ファング」
「あん?」
「約束だよ」
「…ああ、約束だ」
囁くような声で、おやすみ、と告げる。
返事は途中で寝息に変わっていった。
頬に当たる炎の温度を感じながら、ファングはヴァニラの寝姿を見つめる。
ヴァニラが限界近くまで疲労しきっているのは目に明らかだった。
頬の薔薇色が消え、代わりに目の下に隈が残るようになったのはいつからだろう。
守れない約束をしちまったな。
ファングは思う。
例え自身が辛くても、ファングはヴァニラの前でなら平気を装ってみせるだろう。
例え頽れても、ヴァニラのためなら何度でも立ち上がってみせるだろう。
それは遠慮でも無理でもなく、ファングの誓いだった。
片膝を抱えると、指先が自身の二の腕に触れる。
そこにあるしるしに無意識に爪を立てた。
使命。
ヴィジョン。
…ラグナロク。
やるべきことはもう想像がついていた。
使命を果たすのは、正直言って恐ろしい。
ファルシに義理があるわけでもなし、それどころか平穏な日々を奪ったことを恨んですらいる。
それでも、ヴァニラをシ骸には、あんな化け物には絶対にさせない。
そのためなら。
「…やってやるよ」
グラン=パルスの空に浮かぶ万年月のような存在。
コクーンを、ファングは確と睨み付けた。
黙示戦争のときの話。
タイトルはララバイの語源で、眠る子どもを悪いものから遠ざけるための母の言葉「悪魔よ、去れ!」という意味らしい。
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