酷い有り様だった。

敵の数が多かったためか先の一戦は混戦となり、傷も深いものとなった。
やっとのことで魔物を殲滅したときには、立っていたのはセシルとローザだけだった。

カインはセシルが持つということで、ローザにはリディアとエッジの手当てに回ってもらっている。


セシルは傷付いた体で道具袋を引きずると、地に伏したカインの傍らに座り込んだ。
自身の体もとても無事とは言えない。
指先に魔力を集めると、治療魔法を患部に当てながら片手で道具袋を漁る。

太腿に負った傷の強い痛みが徐々に和らいでいく。
セシルの精神力では、一度の魔法で全快させることは適わない。
だが、出血を止めるには充分だった。

目当てのアイテムを探り当てたのが指先の感覚でわかる。
傷の具合を視認しながらアイテムを引っ張り出すと、目線をそちらに向けた。
命を救うというフェニックスの尾は、太腿を濡らす血液と同じ色をしている。




俯せに倒れた体をごろんと反転させ、意識を失ったままのカインの顔を眺める。
フェニックスの尾を額の辺りに翳せば、すぐに瞼は開くだろう。
体から離れかけている魂を喚び戻せるという。
現世と常世の合間で彷徨う魂が戻ってくる目印になるのだと。

一度持ち上げた手を下ろすと、フェニックスの尾を地に置いた。
その手でカインの頬を包み込む。

呼吸は浅いが、まだ息をしている。
掌のなかで下がっていく体温を感じながら、セシルは伏せられた睫毛をじっと見詰めた。


このまま放っておけば状態は悪化するだろう。
早々と治してしまった方がいい。
わかっていても、頬に添えた手が離せなかった。

蘇生魔法が使えないセシルには、戦闘不能を治すにはアイテムに頼る他ない。
パラディンになったって、癒やしの力を手に入れたって、自分の手で救えるものなどそう多くはない。


このまま、魂が体を離れていってしまうと何処へ行くのだろう。
どれだけ安らかな所へ行けたとしても、きっと自分は悲しむのだろう。
カインが両親を喪ったときのように。ローザが父を喪ったときのように。

二人がどれだけ悲しんだのか、どれだけ深い傷を遺したのかをセシルは知っている。
けれど、傷は塞がる。癒えるものだ。
この太腿のように、治してしまえる。

長い時間がかかったけれど、ローザは笑えるようになった。
カインも日々のくだらない軽口に呆れてみせることが出来る。
二人の今の姿を見て安堵する反面、もし二人を喪ったとしたら、セシルは悲しみに押し潰されて衰弱して、そのまま死んでしまいたいとさえ思う。
叶わないことなのは知っている。ずっと二人を見てきたから。
人は強い。大切な誰かを喪っても、生きてゆける。
深い傷を少しずつ癒やしながら。

傷が癒えるということは、痛みを忘れることだ。
忘れてしまうくらいなら、抱えたまま全て奪って欲しい。




セシルは薄く自嘲する。
唇から漏れた息が妙に冷たかった。

結局は、誰かを護りたいという気持ちすら自衛に過ぎないのだ。
深い傷を負わないよう、体に傷を作って自分を護っているだけだ。

こんな身勝手な自分を、彼は罵るだろうか。呆れ果てるだろうか。
どっちでも良かった。
何でもいいから、戻ってきて欲しい。
深く息を吐きながら、仕方のない奴だと苦笑いするだろうことはわかっているから。


地に置いたフェニックスの尾を手に取ると、カインの額に翳す。
瞼がぴくりと動いて金色の睫毛が震えるのを見ながら、自分が吐いた息が安堵のものであることを、セシルは頭のどこかで認識していた。








何かうじうじくんがうじうじしてるぜ!

セシルは両親を知らなかった分、親の死を乗り越える体験も出来なかったわけで。
体験してない分、身内の死をめちゃくちゃ恐れてる気がする。




戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -