くそ、と吐き捨てられた呟きが妙に甲高かったような気がして振り返ると、そこにいる筈のカインがいなくなっていた。


「…あれ?」

「セシル、こっちだ」


小さいけれど確かに声がして、その発生源、すなわち地面を見下ろす。


「……どうしたんだ」

「ったく、きちんと戦況を確認しろ」


呆れた物言いは変わらないが、その声はいつもよりオクターブは高い。
手の平に乗るくらい小さくなってしまったカインを、セシルは呆然と見下ろした。


「もしかして、さっきのミニマムか?」


ああ、と小さく声が返る。
声を聞き取るために地に片膝を着くと、カインは忌々しげに口を噤んだ。

既に日は暮れ、野営の準備もエッジに任せてある。
セシルが飲み水を汲みに行こうとしたとき、カインが付き添いを買って出たのだった。
魔物と遭遇したときのために、とのことでそれは正に今起こったのだが。


「…どんくさ……いたっ!」


剥き出しの手の甲をちくりと刺されて顔をしかめるも、カインは大袈裟だ、と溜め息を吐く。


「大袈裟じゃないよ、ほら赤くなってる」

「いいからさっさと戻るぞ。ローザたちをあまり待たせるわけにもいかん」

「わかったよ…じゃあ今エスナを」

「いや」


治療魔法を唱えるため差し出した手を遮られ、きょとんと目を丸くする。


「治さなくていいのか?」

「テントはすぐそこだ。おまえの魔力で消費の大きいエスナを使うことはない」

「すぐそこって言っても、今のおまえじゃ…」


カインが膝を軽く落としたので、言いかけた言葉を止める。
縮んでしまったとは言え驚くくらい軽やかに、カインはセシルの肩に跳び乗った。
かち、と小さな音が着地の証拠だった。


「これでいい」

「いい、っておまえな」


苦笑すると体が揺れたのか、カインがセシルの髪を一房握って体勢を支える。


「魔物に遭遇したらどうするんだ」

「この近辺の魔物くらいならおまえ一人でも問題あるまい」


まぁ、そうだけど。
問答はこのくらいにして立ち上がる。
待たせている三人が食事の準備に取り掛かれずに困っているかもしれない。

歩を進める度に軽く髪を引かれる感覚が何だか可笑しかった。


「何か、新鮮だな。カインがぼくより小さかったことなんてないから」

「そうだったか?」

「ああ。ぼくも背は伸びたけど、おまえはぐんぐん伸びていったからな」


だから。
言って、ちらりと肩を見下ろす。


「きっとローザも今のおまえを見たらはしゃぐんじゃないかな。小さくて可愛いって」


ぐ、と小さく言葉に詰まるのが聞こえてセシルが笑う。


「…おい、セシル」

「エスナはかけないよ。おまえがいいって言ったんだからな」


まるでお人形遊びをするように縮んだ四肢を弄ばれる様が容易に想像出来て、セシルは肩を震わせる。
カインも同じ想像をしたのか、げんなりと溜め息を吐くのでとうとう声を上げて笑ってしまう。

咎めるようにぐい、と強く髪を引かれるのがまた可笑しくて、手桶から溢れた水が指を濡らす。
それすらも、心地好い気さえした。








4本編ではミニマムで苦しめられることがなかったような。
ラスメンでミニマムになると一番使えないのはカイン。




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