最近、魔物の数が増えている。
統計的に増大しているというより、実際に遭遇する割合が多くなった。
元来洞窟に潜む習性のあった筈の魔物が穴ぐらを出て、人の住む領域にまで行動範囲を広げている。
害を加えない限り人に牙を剥くことはない、大人しい分類の魔物でさえも最近は襲いかかってくることがあると聞く。
生物学者の見解では突然変異としか言い様がないとのことだ。

そのため、竜騎士団も今こうしてバロン周辺の魔物討伐に駆り出されている。
魔物の討伐が今までになかったわけではないが、近頃は些か頻度が高い。


突き刺した槍を引き抜き、周囲を見渡して一息吐く。
バロン近郊の魔物はあらかた退治し終えたようだ。
幸い負傷者も少なく、それも軽傷ばかりだ。

目が合うとにこやかに拳を握る竜騎士の一人に、片手を挙げることで応えた。

大した怪我がないとは言え、隊員たちには疲労の色が見て取れる。
竜騎士団の隊員たちもそうだが、合同で討伐命令が出された赤い翼の隊員たちにはそろそろ立てなくなる者が出そうだった。

飛竜を駆るのが竜騎士の伝統的な戦闘スタイルだが、飛竜自体が激減した昨今においてはそれも崩れつつある。
空兵として成り立たなくなる前に、歩兵としての戦力へ転換するため訓練内容も変化していた。
対して赤い翼は、軍艦での戦力になることを前提に新設された部隊だ。
各隊員の戦闘力が低いということは決してないが、いざ地上での実践となると竜騎士団にはまだ劣る。

赤い翼との合同命令が多いのは、こうして戦力の差を目の当たりにさせることで赤い翼の隊員の慢心を防ぐため、ひいては竜騎士団の隊員たちに優越を抱かせることで志気を保つためだと勘ぐれなくもない。
だが、考えても詮無いことだ。
自分たちに出来るのは陛下の命に従うこと。
そして速やかに使命を果たすこと、それだけだ。

そんなことより、そろそろ両隊に撤収命令を出すためカインはセシルを探した。


暗黒騎士の鎧を他に紛れない現状で見付け出すのは容易かった。
最後の魔物に斬りかかった後なのだろう、肩で息をしていたセシルの後ろに立つと声を掛ける。


「セシル。そろそろ終いにしよう」

「…カインか」


振り向いて、兜の面覆いを開くと青白い顔が覗いてカインはぎょっとした。
元より白すぎるくらいの肌をしていたが、それにしても異常な程だ。
もうそんな頃合いか、と抑揚なく話しながら、顔にはびっしりと汗をかいている。


「おまえ、どうしたんだ」

「どうもしてないよ。行こう、撤収の合図をしなくちゃ」


カインの横をすり抜けて行こうとする腕を掴んで止める。
その首元近くまでを覆う兜に手を掛けると、セシルはぼんやりと見上げてくる。


「…何だよ」

「いいから外せ。篭手を外すよりこっちの方が楽だろう」


言いながら兜を剥ぎ取っても、セシルは碌に抵抗もしなかった。
日の下に曝された白銀の髪は後頭部で纏められていたが、所々乱れてはほつれている。
明るみの中で見る顔は、死体と遜色ない程の土気色だ。

カインは兜をセシルの手に返すと、甲冑の隙間から首元に指を差し入れた。
触れた指の腹で脈を取る。
ドクドクと強く打つそれは少し速く、体温もいつもより高い。


「…ほら見ろ、毒だろう。何がどうもしてない、だ」

「……毒?」


セシルはまたぼんやりとカインを見上げ、そして合点が行ったように頷く。


「まさか、気付いてなかったわけじゃないだろう。平気な振りをするのはやめろ」

「いや、そうじゃない。ただ…」

「カインさん!」


竜騎士兵の声に振り向く。
二人の様子を見ると、竜騎士はお取り込み中ですか、と姿勢を正した。


「いや。そろそろ撤収だ。皆に伝えてくれ」

「わかりました。カインさんは」

「俺はこいつの面倒をみなければならんようだ。先に行っていてくれ」


手の甲でセシルの肩を軽く叩くと、竜騎士隊員は心得たように短く敬礼をする。


「了解です。赤い翼の隊員にはうまく言っておきますから、お大事に」


颯爽と走り出した竜騎士はすぐさま伝令に回ったようで、両隊は軽く整列するとバロンに向けて帰還を始めた。
歩き出す隊列を見ながらセシルはぽつりと呟く。


「…気の利く人だ」

「そうだな。弱っているところを部下に見られたくない、ええかっこしいのおまえには持ってこいだ」


言いながら、セシルの腕を肩に回して担ぐ。
毒が回ってふらつく体をカインはしっかりと受け止めた。


「毒消しはないからな。このまま戻る。いいな」

「…すまない」

「悪いと思うなら、少しは人を頼れ」


なるべく揺らさないよう歩き出すと、セシルは静かに息を吐いた。
暫くの沈黙のあと、カインの名を呼ぶ。


「どうした」

「…ぼくは、部下の前で見栄を張っていたつもりはなかった。本当に、毒にかかっているのは知らなかったんだ」

「こんなに冷や汗をかいているのにか」


カインの呆れた声に、セシルは少し笑う。


「体調が芳しくないのはわかっていたよ。ただ、暗黒の力のためかと思っていた」


暗黒。
暗黒騎士の名の通り、身を削って敵を伐つ力を持つセシルは体力の消耗が桁違いだ。
その辛さたるものは、カインには想像も出来ないものだった。


「体が保たないから闘えない。そんなこと言える筈もない。ぼくは暗黒騎士だから、それが当然なんだ」

「だとしても、それで自滅したら本末転倒だろう」

「わかってる。でも…」


言葉途中でセシルは首を緩く振った。


「何でもない」


細い呼吸を繰り返す体を見下ろし、カインは溜め息を吐いた。
こんなときのセシルには何を言っても無駄だ。
励ましの言葉は通り抜け、叱咤は何倍の重さにもなって受け止められる。

カインはセシルの体を支え直すと、会話を終えた。
けれど無言すら今のセシルには重くのしかかるのだろう。
それに、親友が悩んでいるのに放っておくことなどカインには出来なかった。


「…おまえがそれを是とするのなら、俺は何も言わない」


抱えた体は反応しない。
構わずカインは続ける。


「でも、頼られるのは…そう悪くもない」


セシルの体が僅かに揺れる。
少し笑ったようだった。


「じゃあお言葉に甘えて、バロンまでこのまま支えて貰っていいかな」

「無理するな。部屋まで担いで行ってやる」

「やめろよ…」


力無さげに笑うセシルに、カインもつられて頬を弛ませる。
セシルの腕を担ぎ直すと、にっと口の片端を吊り上げた。


「気絶してずり落ちるなよ」

「落ちないよ。ぼくを誰だと思ってるんだ」

「言ったな!」


軽く頭を小突くと、痛いと笑いが返ることに安堵する。


心に抱えた闇はそう簡単には振り切れないだろう。
誰かに預けられるものでもない。
カイン自身の抱えている想いも、セシルに見せるつもりは微塵もなかった。

それでも、セシルに肩を貸せることをカインは確かに誇りに思いながら、歩みを続けた。








竜騎士団の衰退と赤い翼の新設とを考えると何かギュッとくる。
そしてその両頭が親友同士。萌えるなあ。




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