あ、と思ったときにはもう遅かった。
共に前列を担っていたエッジの姿があっという間に変化していく。
直後には、エブラーナ屈指の忍者エッジではなく、豚が一匹そこに居た。


「エッジ!待ってね、今…」

「後にするんだリディア!敵を倒すのが先決だ!」


飛びかかってきた魔物を薙ぎ払いながら半ば叫ぶ。
リディアは一瞬身を強張らせたものの、すぐに体勢を整え呪文の詠唱に入る。
魔法の臭いを察知し、リディアに襲い掛かる魔物。
セシルは地を蹴ると間に飛び込んだ。
猛撃からの盾となることで時間を稼ぐ。

高位の黒魔術士だけが使用出来る、簡略化された言霊を紡ぎ終えると、発動したフレアが敵陣を焼き尽くした。




「セシル、大丈夫?」


魔物を殲滅して、すぐにローザが回復魔法をかけてくれる。
みるみる内に塞がる傷に、セシルは腕を軽く挙げ微笑んでみせることで応えた。
ローザのケアルは、本当に心地好い。


「セシル、ごめんなさい。あたし…」

「どうして謝るんだ。リディアの力が無ければもっと戦闘が長引いていたよ」


ありがとう、リディア。
そう言って柔らかな髪を撫でると、掌の下で深緑色の頭が頷いた。

途端、ぶぎい、という鳴き声と共に背中に体当たりを喰らう。
軽く咳き込みながら振り返ると、豚の姿のままのエッジが不服そうに踏鞴を踏んでいた。


「ああ、エッジ。忘れてた、ごめん」


顔を上げると、魔物の死骸から何か使えるものを探していたカインを呼ぶ。


「すまない、道具袋を取ってくれるか」


カインは戦闘の跡から離れ、戦いの間は地に置いていた荷物に近付くと、そこから道具袋を取り出し無言で手渡す。
ありがとう、と返して袋の前に屈み込む。


「確かダイエットフードがあった筈だから…」

「セシル!わざわざいいのよ、エスナで治してしまうから」

「あ、あたし!ポーキー唱えるからいいよ!」


突然焦りだしたローザとリディアに、セシルは少し首を傾げた。
そうは言っても道具袋は手元にあるのだし、中を探るのにそう時間が掛かるわけでもない。


「いや、魔力も無駄には出来ない。それにアイテムも使ってしまわないと…あれ?」


ポーション、ポーション、エーテル、ハイポーション、ポーション、神々の怒り、ポーション…
ああポーションが邪魔だ。

探せども探せども、目的のダイエットフードが見付からない。
やっぱり頻繁に整頓しないと駄目か。


「おかしいな、幾つか備えがあった筈なんだけど。二人とも、知らないか?」


顔を上げると、合う筈の視線がさっと反らされる。
え、何。


「…もしかして、使った?」

「使っ…た…かもしれないわ」

「どうしてそんな曖昧な答え方をするんだ」

「…あたし、やっぱりポーキー唱えるね」


リディアがセシルの返答を待たずに詠唱を始め、哀れな豚はすぐにエッジに戻る。
そして開口一番におせーよ、と罵られた。


「何ですぐ戻してくんねーかな!」

「いや、戦闘を終わらせてからでもいいかなって…どうせ忍術とか使わないし」

「エブラーナに喧嘩売ってんのかてめー!」


大声を出してとりあえず気が済んだのか、はあ、と大きな溜め息を吐きながらエッジが手首をぐるぐる回しては体の調子を確かめる。


「で?ダイエットフードがないとか何とか」

「ああ、そうなんだ。ローザとリディアが何か知っているみたいなんだけど…」


二人に視線を戻すと、やはりさっと反らされる。
余り何度も繰り返されると地味に傷付くのでやめて欲しい。

それを見て、エッジははーん、と半眼で笑った。


「ねーちゃん達、流石は女だねえ」

「え?どういうこと?」

「このニブチン」


今度は呆れ顔の半眼だ。
エッジはすいと二人に指を向ける。


「お二人さんが自分に使ったんだってよ」

「ああ、そうだったのか。でもどうして…」

「豚を治すダイエットフードだからだろ」


エッジの言葉を頭の中で反芻する。
豚、ダイエットフード、ぶた…ダイエット…


「ええ!?どうして!?」


勢いでローザの肩を掴む。
ローザはやはり目を合わせてくれない。


「バロンを出てから…食生活が乱れていたから…」

「で、でも!ローザは太ってなんかいないだろう?痩せすぎは体を壊すし、この旅には体力も必要だ。それにお尻はちょっと大きいくらいが…」

「セシル、話ずれてんぜ」


エッジの冷静なツッコミに我に返る。
危うく妙なことを口走るところだった。

咳払いをしてローザの肩から手を離すと、エッジが笑いながら話を継いだ。


「で、効いたのか?」

「効かなかったわ…ちっとも」

「そりゃそうだろうなあ」


悔しそうに拳を握り締めるローザを、放心気味に見つめる。
ダイエットフードとは名ばかりで、状態異常を治すための治療薬なのだ。
痩身効果があるなどとは聞いたこともない。

それでもローザが気に病むならと、セシルは誠心誠意語りかけた。


「ローザ…君がどうあろうと、ぼくはそのままの君が…」

「セシル…」


やっと視線が交わる。
長い睫毛に縁取られた瞳が揺れたと思いきや、すぐに伏せられてしまった。


「ごめんなさい、これだけは譲れないの」

「そんな…」


がくりと肩を落とす。
別にぽっちゃりが好みだというわけではないが、ガリガリは何だか悲しい。
特におっぱいは重要だ。
いやそれは置いといて、ローザが健やかでいてくれるのなら、セシルはそれでいいのだ。

勢いよく、無言のまま佇んでいるカインを振り返る。


「カイン!おまえからも言ってくれ。ダイエットフードでダイエットを試みるなんて馬鹿げているって!」


さっと目が反らされた。


「……」

「……」

「…え!?おまえも!?」


今度はカインの肩に掴みかかる。
何でどうしてと揺さぶると、視線を何処ぞに飛ばしながら呻くような声を上げた。


「ゴルベーザ…のところに居たときに…痩せすぎだから食べろって無理に…」

「それはゴルベーザが正しいよ!おまえそれ以上どこを絞るつもりなんだ!」


掴んだ肩は骨が当たるし、腰だって細すぎるくらいだ。
凄まじい跳躍力を見せる脚は鍛えられた筋肉に覆われていて決して細くはないが、太いかと言えば全くそうではない。
腕だって、昔はカインの方が太かった筈なのにいつの間にかセシルの方が筋力が上回っている。


「カイン、冗談抜きにもう少し肉をつけないと…」

「うるさいな!考えなしにバカバカ食って、飛竜に乗れなくなったらどうするんだ!」

「な…」


怒鳴られた。
やっとカインもこちらを見てくれたことに安堵したが、何だかとても怒っている。


「確かにそうかもしれないけど…でも限度ってものが」

「おまえだって人のことを言えた義理か!そんな細い体で人の分まで攻撃を受けて、心配する周りの人間の身にもなれ!」


う、と言葉に詰まってしまう。
確かにセシルも体重はない方だ。
けれど、それは無理に食事の量を抑えているわけではない。
消費が大きすぎるのが原因だ。
特に、暗黒騎士だった頃はしっかり食べようがこれっぽっちも体重が増えなかった。


「心配だって言うのなら、ぼくだって同じだ。おまえが痩せ細っていくのをただ見ているだなんて、ぼくには…」


肩に置いた手に、指が絡む。
指はそのままセシルの手を引き剥がし、そしてカインの手をしっかと握った。
細い指の先には、力強く頷くローザが居る。


「…え!?ローザ?」

「カイン…一緒に頑張りましょう。太らせようとするセシルは敵よ」

「ローザ…そうだな、目指すものは同じ。セシルは敵だ」

「ちょ、ちょっと!何それ!ぼくを仲間外れにしないでよ!」

「仲間じゃないもの」

「敵だからな」

「ひどい!」


わあわあと喚く三人を、珍しいものでも見るようにエッジが眺める。
ちらりと横目でリディアを見やると、溜め息を吐いた。


「痩せるだの太るだの、そんな気にするもんかねえ」

「そりゃあ…気になるわよ」


唇を尖らせたリディアに、エッジが頭を掻く。
気にしているところも可愛らしいが、笑顔でいてくれる方がずっとずっといい。


「…おめーはダイエットなんてすんなよ。なくなっちまうぞ」

何それ、とリディアが吹き出す。
それを見てエッジはどこかほっとする。
やっぱり笑っているのが一番だ。


「痩せるより、もちっと肉付けた方がいいぜ」


特にこのへん、と自身の胸にジェスチャーで山を作る。
と、可愛い笑顔が一気に消え失せる。
…やっちまった。

リディアは拳を震わせたかと思うと、きっとエッジを睨み付けた。


「何よっ!エッジのバカ!貧相!」

「貧相!?」








4の人たちはもうちょっと太らないとやばい。




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