直線的な攻撃。
軌道を読むことなど造作もない。
力を入れすぎて切っ先がぶれる癖も丸出しで向かってくる刃を、避けるのは容易いことだ。

しかし、一瞬判断が遅れた。
振り下ろされた刃が身に触れる直前に咄嗟に後ろに跳ぶ。
不安定な姿勢で回避したため、足がもつれて尻餅をついてしまう。

見上げる。
正気を失った目がカインを見据える。
逆手に持った剣が腹を目掛けて突き下ろされるのを最後に、カインは目を閉じた。


「セシル!」


誰かが叫ぶのが聞こえた。
次いで、ひゅん、と空を切る鋭い音と続く打撃音。
反射的に顔を上げる。
痛みに顔を歪めたセシルが何度かまばたきすると、その目には光が戻っていた。

セシルは剣を握る手を弛めると、切っ先の向こうにいるカインを見てもう一度まばたきをした。


「…あれ、ぼくは…」

「呆けている暇はない、行くぞセシル!」


即座に立ち上がり、敵陣に飛び込むとセシルもそれに続く。
駆ける勢いもそのままに魔物を槍で突く。
怯んだ隙に一度後ろへ退がり、渾身の力で地を蹴って跳び上がる。
身を裂く程に頬に当たる風が緩まったとき、眼下では魔物が体勢を整えるのを許さずセシルが追撃を放っている。
カインは穂先を真下に構え、落下に備えて身を細くした。






「セシル、体は?どこか痛めていない?」


戦闘終了後、心配そうに体を気遣うローザにセシルは何ともないよと微笑んでみせる。


「……本当に?」

「…まだ少し、頭がくらくらする」


そう、と小さく頷いてローザはパーティーを振り返る。


「少しだけ休憩を取れる?」

「ローザ、そこまでしなくても…」

「あなたは黙っていて」


ぴしゃりと言い放たれ、眉をハの字に落としたセシルを見てエッジが喉を震わせる。
気付いたセシルが咎めるように名を呼ぶと、エッジはひらひらと手を揺らして制する。


「かまやしないぜ。ちゃっちゃとその傷だらけ治してやんな」

「ありがとう、エッジ」

「ローザ、だからぼくは…」

「あなたは黙っていて!」


セシルがびくりと固まると、エッジがまた笑いを漏らす。
ローザは力の籠もった瞳を伏せると、息を吐いた。


「…心配させないで」

「…すまない」

「ついでに簡単に混乱にかかるような甘っちょろい精神も鍛えてやれよ」


エッジの揶揄にがっくりと肩を落としたセシルを見て、カインはそっと場を離れた。


仲間の話す声が僅かに聞こえるところまで移動して、その場に腰を下ろす。
先の闘いを思い出してカインは歯噛みした。

何故、瞬時に避けられなかったのか。
防御に回るのも諦め、貫かれるのを待ったのか。

自責の形を取っていたが、それが上辺だけのものであるのをカインはわかっていた。
セシルに剣を向けられたとき、カインの内に生まれたのは確かに恐れだった。

カインがセシルに、皆にした仕打ちは決して消えることがない。
二度と姿を見せるなと言われても仕方ない、望むなら自害も厭わない心積もりでいた筈だ。

洗脳された身であったとは言え、自身はセシルに反旗を翻した。
そのくせ、何があってもセシルには刃を向けられることはないと頑なに信じていたのだ。
この今でさえも。

考えれば考えるほど、頭が痛い。












「セシル!」


咄嗟に声が出て、気がついたら鞭を振り上げていた。
セシルを攻撃するのに躊躇いがなかったとは言えない。
けれど、彼に剣を向けさせてはいけない気がした。

戦闘が終わって取った小休憩の間も、リディアの胸はずきずきと痛いままだった。
ローザに回復を施されているセシルの傍に寄ると、頭を下げた。


「セシル、ごめんなさい。あたし…」

「え?ああ…」


セシルは自身の腕に残る赤く腫れた痕を見やる。
リディアの与えた一撃はセシルの肌を裂いて生々しい傷痕を残していた。


「平気だ。今ローザが治してくれるから」

「…ごめんなさい」

「いいんだ、それより目を醒まさせてくれて助かった。ありがとう」


優しく微笑むセシルに、胸の痛みが緩和された気がした。
けれど、セシルの肩の向こうでどこかに歩いていくカインが見えた途端、痛みがぶり返す。

リディアは急いで後を追った。


カインが少し離れたところで腰を落ち着けたのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
どうしてこんなに不安がっているんだろう。

リディアは何度か息を吸ったり吐いたりしてから、その背中に歩み寄った。


「どうしたの、カイン」


驚いたように振り返るカインに、リディアは目を丸くした。
他者の気配に鋭いこの竜騎士が、背後から近付く足音に気付かないことがあるのだろうか。

隣、いい?と問うと、肯定の言葉が短く返される。
リディアは固い土の上に腰を下ろした。


「考えごと?」


返答はない。
リディアは少し考えて、言いたくないならいいけど、と呟く。


「いや…リディア」

「なあに?」


カインは何か言おうと口を開けたが、代わりに息を短く吸って、また口を引き結んだ。
やっぱり、この人って。


「何かあるなら言って。仲間でしょ」

「…だが」

「全部抱え込んで、独りで考えて。そういうとこ、そっくり」


主語のない言葉に、それでも伝わったのだろう、カインが困ったように笑う。
リディアはもう一度、あたしたち仲間よ、と後押しした。


「…ファブールで」

「うん?」


カインは言葉半ばで唇を噛んだが、それでも続けた。


「俺がセシルと闘ったとき、その後で…セシルの様子はどうだった」

「…ファブールで?ローザを…あの、連れて行ったとき?」


覚えている。
言葉少なに、それでも前に進んだ哀しい背中。

ずき、と胸が痛んだ。
そうだ。あたしは知ってる。この痛みのわけを。


「…忘れちゃった」


カインは少し間を置いて、忘れた?と訊く。
リディアは頷いた。


「あたしにとっては何年も前のことだもの」

「…そうか、幻獣界とは時間の流れが違うんだったな」

「そう、ずうっと前のこと。子どもの頃のことはそんなに覚えてないの」


言いながら、余りにも稚拙な嘘だと思う。
セシルたちのことを忘れたことなど一度もなかったし、彼らの力になりたくてリディアは戻ってきたのだ。
カインもわかっているのかもしれない。
でも、気付かない振りをしてくれている。

リディアは話を振り切るように出来るだけ明るくカインの顔を覗き込んだ。


「ねえ、あたしが大人になって帰ってきたとき、カインもびっくりした?」

「ああ。あんなに小さかったのにな。…きれいになった」

「もう、おだてたって何も出ないわよ!」


胸の奥でずきずきと響く痛みを抑えて、リディアは微笑む。

この痛みは、ずっとあたしの中に閉まっておこう。
痛いのを堪えるみたいに引き結んだカインの口元が、あの日のセシルと同じだったから。








自分が抱いた感情をセシルにも感じさせてしまっていたのか、と悩むカイン。
リディアは強い子。




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