地から突き出した岩に腰をかけ、セシルは自身の手のひらをじっと眺める。
ぐ、と拳を作って握り締める。

数秒の後に、力なく腕を下ろした。
駄目だ。まだ戻っていない。


「調子はどうだ」


ざ、と地が擦れる音に鎧の金属音が混じる。
セシルは視界に現れた爪先の持ち主を見上げると、静かに首を振った。

そうか、と一言だけ返してカインはセシルに顔を向ける。


「十字架を買ってくるか」

「そこまでしなくていい。もうすぐ治る筈だから」

「厄介なものだな」


セシルは少し笑って、今一度自身の手を見下ろした。

術者を倒したのだから、呪いは少し待てば解ける。
しかしセシルの戦力が半減したまま移動をするのは心許ない。
そのための小休止であるが、原因たるセシルにとっては体を休めるどころか歯痒いだけだった。
身に着けた鎧も腰に提げた聖剣も、常とは比較にもならないくらいずしりと重い。


がちゃ、と鎧が擦れる音がする。
はっと顔を上げると、カインが地に片膝を付いてまじまじとセシルの顔を覗き込んでいる。

目が合うと、カインは無言のままセシルに右手を差し伸べた。


何だろう。
思ったが、とりあえず出された手を掴んでみる。

カインの指が、剣を振ることによって厚くなった皮膚を確かめるように触れる。
セシルが僅かに首を傾げた瞬間、力一杯手を握り潰された。


「いっ!!いたた!痛い!痛い、何!!」

「本当に力が弱くなっているんだな」

「あっ当たり前だろ!そういう状態異常なんだ!」


セシルが出来る限りの力を込めて手を引くと同時に、握り締められていた手がぱっと解放される。
力の拮抗が消滅し、必然セシルはごろんと腰かけていた岩から転げ落ちる。

回転した視界が次いで空に固定され呆然としていると、押し殺した笑いが耳に届く。
くそ、とセシルは悔しげに顔を歪めた。


たっ、と乾いた音がしてカインの姿が視界に飛び込む。
セシルの腰かけていた岩など一跳びに越えてきたのだろう、カインは空を背にして可笑しそうにセシルを見下ろしている。
空に溶け込むような色の鎧が、彼にはよく似合っている。
何故か自分が誇らしくなると同時に、やはりどこか悔しい。


「平気か、セシル」


今度は助け起こす意味合いを持って差し伸べられた右手を、セシルは恨めしく見上げる。
一つ息を吐いて、腕を伸ばした。


「ああ…お陰さま、で!」


力を込めて引っ張る。
がくんとバランスを崩したカインは、セシルの上に倒れ込んで来た。

息を詰めて衝撃に耐えると、腕を引いて抑え込む。


「おまえ、よくも!」

「馬鹿、やめろ痛い」


笑いながらセシルの腕を軽く叩いてくるが、そんなに簡単に離してやる気はない。
カインもすぐに察したのか、もがくのを止めて間近にある顔をちらと見やる。
そして、フッ、と笑った。


「今のおまえに俺が抑えられると思っているのか?」

「えっ」


口を開いたのも束の間、またも視界がぐるりと回って、あっという間にひっくり返される。


「痛っ!カイン、痛い!」

「己の力を過信するとこういうことになる。わかったか」

「腕!腕きまってるから!」


悲鳴のような情けない声をあげると、カインは声を出して笑う。
人が痛みに苦しんでいるのに何て薄情な奴だ。
けれど、カインの笑顔を間近で見ているとその痛みすら和らぐ気がするのだからおかしなものだ。

ふと、セシルは首を傾いだ。
先程までぎりぎりと締められるようだった痛みが確かに弱まっている。
抑え込まれた先で自由になっている掌を何度か握る。
呪いの状態異常が蝕むのは力だけではなく防御力をもまた同様に奪う。
つまり、とセシルは唇で弧を描く。

唐突な笑みに不穏なものを感じたのか、カインが僅かに身を引く。
その隙に抑えられていた腕をはねのけ、体制をひっくり返す。
馬乗りになり両手でカインの手首を地に縫い付けてから、セシルは改めてにっこりと笑んだ。

ぐいぐいと押し返される手首を抑え込むのは力の戻った今ならそう難しいことでもない。
カインもそれを悟ったのか、不意に抵抗を止めると口の端を吊り上げる。


「治ったようだな。何よりだ」

「ああ。これで思う存分仕返しが出来るよ」

「…っこの!」


途端に暴れ出した体を、力を込めて押さえつける。
カインはびくともしない手首を恨めしげに見やると次は体を捩るがそれも適わない。


「どうだ、何かすっごい悔しいだろ!」

「ああ、そうだな…!」


徒労に終わった抵抗に、上がった息を収めようと大きく呼吸を繰り返すカインをセシルはまじまじと見下ろす。
さあ、何をしてやろうか。


「おい、そろそろ出発…」


少し離れたところから呼び掛けられ、揃ってそちらを向く。
声の主であるエッジは二人の様子を上から下まで一度眺めると、半眼になり溜め息を吐いた。


「…何じゃれてんだ」


呆れた声で言われて、急に気恥ずかしくなる。
背を向けて戻っていくエッジに何がしか言い訳をしようと腰を浮かしたとき、どん、と胸を突き飛ばされた。
不自然な体制も相まって尻餅を付く。

見上げると、カインはとっとと立ち上がって背に付いた土埃を払っている。
視線に気付いたのか、セシルの不満で一杯の顔をちらと見ると、カインはニッと口角を上げた。
そして左手を出しかけて、ふと自身の手を見ると引っ込める。代わりに右手を差し出した。


その一連の動作を眺めた後、すっかり怒る気が失せてしまっている自分に苦笑しながら、セシルは差し伸べられた手を掴んだ。








セシルが右利きなので、カインが意識してセシルには右手を使ってやってると素敵だなあ!と思う。
お気遣いの紳士。




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