槍での一撃を喰らわし、退がって体勢を整える。
足がもつれそうになって舌打ちした。
うまく体が動かない。
自身の体を見下ろせば、腰の辺りまで色彩が奪われている。
石化だ。
今対峙している魔物に仕掛けられた状態異常なのは間違いない。
これが全身を覆えば、文字通り体は石化して身動き一つ取れなくなる。
逆を言えば、まだ動ける。
石化しきってしまう前に倒してしまえば問題ない。
左手の中で槍を握り直す。
幸い、残る魔物はあと一体だ。
もし石化してしまったところで全滅の可能性はないだろう。
魔法でもアイテムでも治しようのある状態異常だ。恐れる程のことでもない。
魔物の動きを見定める。
突進する勢いで向かってきた鋭い嘴を右手に携えた盾で弾き槍を振るう。
身を翻して宙を舞った体に槍先は届かず、カインは再度舌打ちをする。
「カイン!」
名を呼ばれて視線だけを声の方にやる。
カインがそうしていたように、魔物の動きだけを追っていた筈の瞳がカインに固定されている。
目が合ってぎょっとした。
カインを見詰めるセシルの顔は、血の気が引いたかのように真っ青だった。
せきか、と唇が動く。
離れているために声は聞こえないが、口の動きは確かにそう呟いていた。
「カイン、待っていろ!今治すから…!」
言うと、慌ただしくアイテム袋をかき混ぜる。
その間にも石化はカインの体を蝕んでいく。
もう胸までが石の色へと変わっていた。
焦りで金の針を探り当てられなかったのか、セシルはアイテム袋を放り投げて目を閉じた。
詠唱が始まる。エスナか。
カインは息を吸い込み、腹に力を込めた。
「馬鹿野郎!俺のことは後回しだ、まずはそいつを倒せ!」
セシルがびくりと体を震わせる。
どうして、そんな泣きそうな顔をするんだ。
キュルル、と魔物が鳴く。
上空で旋回していた巨体が翼を羽ばたかせてその場に留まっている。
急降下して攻撃を加える気だろう。
魔物の目玉がぎょろぎょろと獲物を探す。
二つの視点がカインに向けられ、ぴたりと止まった。
狙われているのがわかれば対処は一つ。
ぎりぎりまで引き付け、ジャンプで交わす。
そして対象を見失って体勢を崩したところを上空から叩くだけだ。
膝を沈めようとしたとき、ぱき、と頬から肌が凍るような音が聞こえた。
体が動かない。
最後に見えたのは、猛然と走り寄り自分の前に立ちはだかったセシルの背中だった。
ふっと意識が舞い戻る。
同時に、体から力が抜けて膝を付く。
まだ回る視界の中で、地に付いた手の甲で効力を失った金の針がぼろぼろと崩れていくのが見えた。
自身の前に立つ爪先を見付け、問う。
「戦況は」
「もう終わった。被害はないよ。カインが石化してしまっただけだ」
声が低い。
怒っているのか。
そう思うと同時に、沸々と怒りが湧いた。
「おまえ、どうかしているぞ。あの状況で回復を優先するなど」
「一撃余分に喰らったところでどうってことない。カインとぼく以外は後列にいたし、いざとなればぼくが庇う」
そういう問題じゃないだろう。
怒鳴りつけてやりたかった。
だが、勢いづいて見上げた姿に動けなくなる。
まるでセシルの瞳に石化の効力があるかの如く。
「ぼくは、おまえが石になるところなんて見たくない」
ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、ぽつりと零す。
その言葉の真意が量れない。
悔いている?でも、何を?
「自分を犠牲にしようなんて、しないでくれ…」
セシルはついに片手で顔を覆ってしまった。
それじゃあ何もわからない。察してやれない。
こんなセシルは知らない。
「…それはおまえの方だろう」
ただそれだけ返し、カインは目を逸らした。
立ち上がると、動かないものを無理に動かしたように関節が痛む。
嗚咽に似た小さな息を耳に、カインはセシルに背を向けた。
いつか話してくれるのだろうか。
カインの知り得ないセシルのことを。
それとも、またこの瞳で時折カインを凍りつかせるのだろうか。
石化は多分セシルのトラウマ。
そして、わかってあげられる人はラスメンにいない。
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