敵の落としたポーションを道具袋に放り込んで、担いだときにふと違和感を覚えた。
妙に重い。

一度下ろして中を覗き込むと、先に行っていたセシルが慌てて戻ってくる。


「カイン、何してるんだ!」


何と言われても。
怪訝な顔をすると、セシルはやっぱり何でもない、と言って笑顔を作った。


「ぼくが持つよ。渡してくれ」

「……」

「な、何?」


どう見たって何かを隠しているとわかるその様子に、ぴんときた。
カインが道具袋をごそごそと漁ると、案の定セシルは必死に止めてくる。


「カイン!何もないから!何もないから気にするな!」

「おまえがそう言って、何もなかったことがあるか。どうせ無駄遣いしたんだろう」


セシルはたまに、装備も出来ないものを買ってきたりする。
きれいだから、かっこよかったから、そんな理由で使えもしないものを購入しては眺めている。

個人の楽しみだと言えばそれまでだが、今は王の命でミストへ向かう途中なのだ。
共用資金で妙なものを買い込まれたのではたまったものじゃない。

道具袋の中はバロンで仕入れた回復薬が殆どだが、魔物が落としたものも入っている。
予想外にごちゃごちゃしていて探しにくい。
幾つかのアイテムを取り出して外に並べていくと、途中でセシルがあっ、と口を開いた。
声は出ていなかったが、その表情の変移を見逃す程カインは優しくない。

これがその無駄遣いかと手元を見下ろして、首を傾げる。
そのときカインが持っていたものは。


「…やまびこそう?」

「やまびこそうだな。沈黙を治すっていうけど、どういう仕組みなんだろうね?ぼくたちは魔法使えないからわからないよね、じゃあアイテムしまって、ほら」


ぺらぺらと必死に話し続けるのを横目で睨み付けると、セシルは慌てて口を閉じる。
わかりやすすぎてうんざりする。
カインが道具袋をひっくり返すと、セシルが悲鳴に似た声を上げた。

ポーションやフェニックスの尾に続いて底から出てきたのは、大量のやまびこそうだった。


「…セシル、これは何だ」

「…やまびこそう」

「やまびこそうはわかってる!何でこんなに沢山あるのかって訊いてるんだ!」


先にセシルが言っていた通り、暗黒騎士であるセシルも竜騎士のカインも魔法を使うことは出来ない。
魔法のない二人旅の道中で、これだけのやまびこそうが必要になる理由など一つもない。
というか、やまびこそうは全く必要ない。


「り、理由ならあるよ、やまびこそうを買ったわけなら」


ほう、とカインは竜兜の下で片眉を上げる。


「言ってみろ」


促すとセシルは困ったように口をもぐもぐさせたが、すぐに話し出した。


「…確かにぼくたちは魔法が使えない。でも、沈黙にかからないわけじゃない」

「ああ、沈黙に掛かったとしても戦況に全く変わりはないがな。それで?」


肯定しながらも肝心の理由についてはしっかり否定されてセシルはぐっと口ごもったが、でも、と続ける。


「でも、沈黙に掛かったら話が出来ないだろ。ぼくが話せないのをいいことに、おまえが全部勝手に決めたら嫌だ。例えば、夕飯のメニューとか」

「どうでもいいだろう、そんなこと!」


想像以上にくだらない『理由』とやらにカインは掌で顔を覆う。
その隙間から今一度セシルを睨む。


「幾ら使った」

「え?」

「これだけのやまびこそうを買うのにだ。一体幾ら使った」


えーと、とセシルは笑顔を引きつらせる。
それで騙されるカインではないことは先刻承知の筈だ。
表情をぴくりとも変えず睨み続けると、セシルは観念したように答えた。


「ありったけ」

「……有り金全部使ったのか!?」

「端数分は残ってたよ」

「そういうことを言ってるんじゃない!わかっているだろうが」

「…わかってます」


長い溜め息のあと、くどくどと小言を続けるとセシルは地に正座して黙っている。
こんなことなら、先のことを考えて残金に余裕を持たせるんじゃなかった。

正座で俯いたまま、セシルがぶつぶつ文句を言う。


「まだ何か言い訳でもあるのか?」

「…だって、カインの声が聞けなくなったら寂しいじゃないか…」


は、と空いた口から空気が漏れる。
この機会にまだまだ言い聞かせてやると思っていた小言の数々が、一気に吹き飛んでしまった。
思い出そうと努力しても頭の中には一言も残っていない。

もう一度長い溜め息を吐くと、もういい、とセシルに向けて指先で追い払うような仕草をする。


「あれ?早かったな」

「まだ説教されたかったのか」


とんでもない、とセシルが焦って立ち上がる。
易々と立ってみせるその姿から、本当に短かい時間だったのだろうとわかる。

全く、こんな簡単にほだされてしまうなんて。
カインは照れ隠しに悪態をついた。


「…恥ずかしい奴」

「え?何か言った?」


きょとんとした顔を向けるセシルに、カインはすっと目を細める。


「どっちにしろ聞いてないんじゃないか、おまえ!」








さっさとミスト行けよ。




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