受けた打撃は致命傷には至らなかった。
回復の必要もないと判断し、剣を構え直す。

視界を両断するが如く縦一閃に構えた剣先は、しかしてぐらりと横倒しになった。
地にからんと取り落として、気付く。
手に力が入らない。

麻痺だ、と気付いたときにはセシルはその場に座り込んでしまった後だった。


「セシル…!今エスナを!」


駆け寄るローザを視線で制し、セシルは叫んだ。


「おーは、ほーうおをはおう!」

「…わかったわ!」

「はいんはひようれははかっへふえ!」

「任せておけ!」


即座に敵に向き直り、ローザは呪文の詠唱を始める。
防御も出来なくなってしまうローザを護るようにカインは槍を構えた。

セシルは体を押して再度叫ぶ。


「いいあ!あいおを!」

「えっ…と、バイオでいいのね!?」

「えっいはうきをすえに…」


セシルの言葉半ばで、発動の速いバイオが魔物を蝕み足止めをする。
魔物の追撃を許さず立ちはだかるカインの後ろでローザが詠唱を終えた。
ホールドが魔物の動きを止めたとき、ほっとセシルは一息を吐いた。









「しかし、すげーなおめーら」


日も暮れかけ、コテージを組み立てる傍らでエッジが呟いた。
テントより準備に時間が掛かるが、その分コテージの方が格段に寝心地がいい。
簡単なものではあるが、寝室に隔たりも作ることが出来る。
簡易個室で休めるのだ。


「すごいって…何が?」


先の言葉はパーティー全員に向けられたもののようだったが、とりあえずセシルが代表して聞く。
エッジは顎でくいとセシルを差した。


「ぼく?」

「っつーか、さっきのよ。俺にゃ何言ってんのかさっぱりだったぜ。ふにゃふにゃ言ってるようにしか」

「ふにゃふにゃ…」


セシルは頬を薄く赤らめると、仕方ないだろうと返す。


「舌もまともに動かなかったんだから…」

「大丈夫よ。ちゃんとわかったから」


後ろから肩に手を置かれ、僅かに振り返るとローザがにっこりと笑んでいる。
そして横を向くと、ねえリディア、と同意を求める。
リディアはえ、と少し言葉に詰まったが、一応といったように頷いた。


「あたしの方見てたし、名前を呼ばれたんだなとか、黒魔法の指示だなとか、そのくらいだけど…」

「はー…なるほどねえ」


エッジは頭をがしがし掻くと立ち上がる。
鑢をかけていたコテージの留め具を幾つか拾い、屋根を固定させているカインに向かって声を上げる。


「おめーはどうなんだ、カイン!」

「何がだ」


ひょいと宙に投げられた留め具は拡散することなく屋根の上に届き、カインは少しだけ身を乗り出してそれらを手の中に納める。
聞こえてたろ、とのエッジの言葉に軽く肩を竦めた。


「わかるさ」


屋根の上を移動しながら留め具を全て填め終えると、カインは殆ど音を立てずに地上へと飛び降りた。


「付き合いが長いからな。何を言いたいかくらいは口に出さんでもわかる」

「そういうもんかねー。ま、いいや。高いとこお疲れさん。飯にしようぜ」


労いの意を込めて肩に置かれた手を、カインは厭そうに外した。









コンコン、とノックの音がいやに響く。
壁が薄い証拠だったが、使い捨てのコテージでは文句の言い様もない。

音に気付いて顔を上げた気配がしたので、返事を待たずに扉を開ける。


「セシル。どうした」


簡易寝台に腰掛けたまま問うカインに、セシルは何も言わずに近付き隣に腰を下ろす。
にっこりと笑むと、カインは不思議そうに首を傾けた。


「ほいひ、かいにきはんあ」


セシルが言うと、カインはぐっと眉を寄せた。
片目を細めて心底嫌な顔をすると、ちょうど外したところだった篭手を寝台の上に放り投げる。


「何だ?今更麻痺の真似事か」

「わはう?」


構わずセシルが続けると、カインは溜め息一つ残して立ち上がる。
狭い個室の壁際に置かれた荷物の傍らに膝を付くと、中を探る。
再度立ち上がり、寝台へ歩み寄りがてらぽんとセシルに砥石を投げて寄越した。

手の中にやってきた砥石を指先で撫でると、セシルは嬉しそうに笑う。


「やっぱりわかるんだ」


カインは呆れたように腰に手を置くと、それやめろ、と声を苛立たせた。


「頭が足りないように見えるぞ」

「ぼく、知性の値はカインより高いよ」

「…黒魔法のことなんざ知るか」


むっとしたのだろう、声が低くなるカインにセシルは軽く口元を押さえた。


「おい、笑うな」

「おくのこほ、ふおくわかっへくえへうんらね」

「…だからやめろ」


うんざりと、寝台に座ったままのセシルを見下ろす様を見ながら、このまま続けたら本気で怒るなと予想がつく。

これで終わりにしよう、ともう聞く気もなさそうなカインを見上げてセシルは最後の麻痺語を口にする。


「そうおおっはら、おく、はいんのこほすきらなっへ。そえをふはえにきはんら」


誰に言うわけでもなく、独白のようなものだった。
明確に何かを欲しているわけでもない。
届かなくても構わないものだ。

いい加減怒るかなと立ったままのカインを見やる。
カインはぴくりと眉を動かすと、ゆっくりと口を引き結んで俯く。


「…え、わかっちゃったの?」

「…おまえな…」


すっかり苛立ちの飛んだ声を聞いて、セシルの頬がどんどん熱くなる。


「おまえ…。恥ずかしいこと言っておいて、自分で照れるな!」

「恥ずかしい?ぼくが何て言ったように聞こえたんだ?なあカイン」


退がろうとするのを逃がさないように手を掴む。
カインがまた嫌そうな顔をするので可笑しくなる。


「もう一度言おうか。おく、はいんのこほ…」


ちくちくと言い続けてやるつもりだったが、最後まで言えなかった。
カインが身を屈めたと思いきや、声の出口が塞がれてしまった。

二つの声が唐突に消えて静まり返る中、間もなくちゅ、と軽い音を立ててカインが体を離す。


「…構って欲しかったんだろう。満足か」


明後日の方向に体を向けるカインを呆然と見ながら、セシルはぎこちない動きで頷いた。


「…うん、何か。…満足したかもしれない」


そのままごろんと寝台に横になる。
今日はもう完全に負けてしまった気がする。
そう言えば勝てたことあったっけ、と思うと何だか悔しくなった。


「おい、そこは俺の寝床だ。そろそろ出て行け」

「…嫌だ」


膝を抱えると、溜め息が近付く。


「上に座るぞ」

「嫌だ」

「使わないのなら砥石は返せ」

「嫌だ」

「いや、返せよ」


セシルの手をこじ開けようと、上から覗き込む影が被さる。

セシルは一瞬の隙を狙って素早く身を反転させると、油断している頭を引き寄せた。
無論、先程の不意打ちの仕返しをするために。








コテージってどうやって持ち歩いてるんだろう。
FFキャラみんな大工疑惑。




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