女というのは意外にも合理的で、そして薄情だったりする。


ローザとリディアの魔力もすっかり尽きて日も暮れかけている今、宿を取らなければならないのは確かだ。
一晩休めば体力も回復するのだから、下手に回復薬を消費するよりは早い時間から腰を落ち着けてしまった方がいいのも、確かだ。

それでも、先の戦いの中でカエルになってしまったセシルをそのままにさっさと自分たちの部屋に戻ってしまうのは、やっぱり薄情だと思う。


カインは手のひらにちょこんと座るカエル―セシルを見下ろして、少し同情した。
秘密裏に治してやりたいとも思うが、魔法の才能がちっともないカインにはアイテムを使用する以外の術がない。
たかが乙女のキッス一つを勝手に使ったくらいで咎められはしないだろう。
しかし、いつの間にか減っているアイテムに気付いた仲間に揶揄かわれることは大いに有り得る。
カインは暫し考え、保身の方を選んだ。

変化系の魔法は精神に直接働きかけるものであるため、術者を倒せば解けるという類ではない。
だが、その性質がゆえに意識が途切れると魔法の効力も切れる。
一眠りすれば治るのだ。
友達思いだの何だのと一日中突つかれるのと比べればさした問題でもなかろう。
それに、実際にその状況になったときに、かばうでもなく隣で照れ笑いを浮かべるだろうセシルが容易に想像できるのだ。
はっきり言ってむかつく。


セシルをヘッドボードの上にそっと下ろすと、カインは装備を外し始めた。
カエルの生態など詳しくは知らないが、明るいと眠れないかもしれない。
言葉の通じない今は自分が気遣ってやらねばならない。

カインの思惑も知らず、呑気にぴょこぴょこ跳ねているセシルを見て溜め息を吐く。
ひょいと持ち上げると、また手のひらに乗せた。


「そもそも、おまえがトードになんてかかるからだ。油断していたんじゃないのか?」


セシルがゲコ、と頬袋を膨らせる。
まるで気分を害して抗議しているようで、カインは声を上げて笑う。
すまん冗談だ、と薄紫の背を撫でると、小さく跳ねて背中を向けてしまった。


「拗ねるな。…これでも、俺なりに心配はしてるんだ」


カインは手の中の小さな背中にぽつりと漏らす。
セシルは動かぬまま、また頬袋を膨らませた。


「おまえ今日、俺のことをかばっただろう。トードにかかったのはその直後だったからな。俺がおまえの隙を作ったようなものだ」


薄く目を瞑って、そのときを思い出す。
カインが体勢を崩したとき、咄嗟に前に立ちはだかって敵の攻撃を防いだセシルの背中。
いつの間にあんなに広い背中になったのだろう。

護ろうなどと思ったことはない。
けれど、セシルの背中は自分のものだった。
カインがそうしていたように、セシルもカインに背中を預けた。
自分が居る限り、この背中に傷は付けさせまいと自負していた。
対等だった筈なのに。


「…俺はおまえを、傷付けてばかりだ」


吐息に紛れてしまうくらい小さな声で溢す。
目を開けると、セシルはこちらを覗き込んでいた。
くりくりとした大きな目がカインとぶつかる。
ゲコ、と囁くように鳴く声はカインを心配しているように思えた。

カインは口元を緩ませる。
これじゃ、本当にセシルと会話しているようだ。


「大丈夫だ。普段のおまえの前ではこんなところ見せやしない」


こんなときくらい、許してくれ。
もう一度そっとセシルの背中を撫でると、カインはこきと首を鳴らした。


「そろそろ湯浴みしてくる。おまえもさっさと休んで、早く元に戻れよ」


言って、セシルをベッドに下ろそうとしてふと手を止めて、顔の位置まで上げる。


「乙女のキッス」


ちゅ、と軽い音を立てて口付ける。
なんてな、と笑いながら、今度こそセシルをベッドに、今のセシルには広すぎるそこへと下ろした。






ぎし、とベッドが軋む音で目が覚める。
カエルはちゃんと治っただろうか、と思いながらセシルのベッドの方に寝返りを打つと、当のセシルがすぐそこに居た。


「う、わ!な、何だ?」


驚いて身を引いたせいで関節がおかしな方向に曲がりそうになる。
体勢を整えながらどうした、と問うとセシルは心配そうに眉を寄せた。


「カイン、おまえ熱があるんじゃないのか?」

「は?」


言われて額を触ってみるも、別段熱いわけではない。
体調が悪いとも感じない。


「平気だが。おまえこそどうしたんだ、いきなり」

「だってカイン、昨日…」

「昨日?」


首を捻る。
昨日も具合が悪かったとは思わないし、そんな素振りを見せた覚えもない。
思い違いではないかと言うと、今度はセシルが不思議そうに首を傾げた。


「…覚えてないのか?」


覚えていないも何も、事実そんなことはない。
セシルは眉間に皺が出来るくらい眉を寄せていたが、あ、と声を上げて眉がぱっと開く。



「カイン、もしかしてトードにかかったことない?」

「ああ…そう言えば」


幸運なことに、現在までその機会はなかった。
肯定すると、セシルはやっぱり、と言ってにんまりと笑った。


「何だ。気持ち悪い」

「気持ち悪いはないだろ…あのさ、トードは姿はカエルになるけれど、行動が制限されるだけで思考はそのままなんだ」


にこにこと嬉しそうにカエル状態の説明をするセシルに、カインはぼんやりと昔を思い出す。
そう言えば、兵学校に通っていた頃に学んだ気がする。
定期考査にも出た、確か。

そこまで考えて、はたと気付く。
と言うことは。


「…覚えているのか!?」

「覚えてるっていうか、意識はあるからね」


返事出来なくてごめんね、とちっとも悪びれずに満面の笑みを溢すセシルに、カインは額を押さえた。


「乙女のキッス」


びくりと肩を震わせると、セシルはくすくすと笑う。


「可愛いことするよね」

「…忘れてくれ」

「どうしようかな」


後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
こんなことなら、アイテムを使って治しておくべきだった。
これからどれだけ揶揄かわれるのか、丸一日では済まないであろう期間を思うだにカインは頭が痛くなった。








動物に話しかけるとき、意味不明なことを言ったりやったりするような感覚。
そして本気で心配されるカイン。





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