目が覚めて、ううんと伸びをする。
いつもと同じ、快適な目覚めだ。

広々としたテントの中を少し見回して小さく溜め息を吐く。
皆がテントで体を休めているが、ティナだけが一人で一つのテントを使用している。
自分も他の面々と同じようにシェアでいいと何度も伝えたのだが、その都度きっぱりと断られてしまった。

性別を理由に気を遣われるのは本意ではない。
ティナは戦士の身である。
多少の窮屈さや環境の悪さで気分を害したりなどしない。
女だというだけで特別な扱いを受けるのは申し訳なさが先に立つ。

それに、一人きりのテントは快適だけど、少しさみしい。
そんなことは恥ずかしくて言えなかったけれど。


髪を軽く整えてからテントの外に出ると、少し冷たいけれど心地好い、朝の空気が肌に触れる。
今日はティナが朝食を作る当番になっている。
最初はてんで駄目だった料理も、少しはうまく作れるようになってきたと思う。
目玉焼きなんて上手に焼けるようになった。
卵焼きは、まだちょっと難しい。

水場に足を向けると、先に居たバッツがおはようと笑う。


「おはよう、バッツ。早いのね」

「気持ちいい朝だなあと思って。ティナこそ、まだ少し早いんじゃないか?」

「私は朝ごはんを作らなきゃならないから」


手伝うよ、と言うバッツに、駄目、といたずらっぽく返す。


「料理の練習したいもの」

「ティナのめし、うまいと思うけどなあ」

「うそ!」

「…ちょっぴり」


もう、と笑うとバッツはうそうそ、ほんとにうまいよ、とティナの頭をくしゃりと撫でた。
こんな風に接してくるひとは初めてだった。
最初は戸惑ったけれど、今は素直に受け入れられる。
私もこうやって、誰かを優しく撫でられるようになるときが来るのかしら。

不意に背後で草を踏む音がした。
振り返ると、セシルがどこか曖昧な表情をして立っている。


『おはよう。


おはよう、と返そうとして、違和感に気付く。
バッツを見やると、同じようにティナの方を見ていた。
感じた違和感はティナだけではなかったらしい。


「…どうしたの、セシル?」

『よくわからないけれど あさおきたらなんだかちょうしが おかしくて…

「本当にどうしたんだ?どこか痛めたりしたのか」


セシルは首を振ると、次いで少しだけ傾げた。


『からだにいじょうは ないとおもう。
ただ しゃべりかたがすこし…

「いつものセシルじゃないみたい」

『そうだよね。
でも なんだかなつかしいきもする…


ティナも首を傾げる。
話せなくなったというわけでもなし、エスナをかけても効くかどうかもわからない。
一応は試してみるべきかと意見を仰ごうと再度バッツの方に顔を向けた瞬間、バッツは勢いよく前に飛び出していた。
そのまま唐突に振り落とされた拳をすんでのところで交わし、セシルが目を白黒させる。



『なにをするんだ!

「お、反射神経はいつものセシルだな」


軽く笑って身を引くと、バッツは手をぱんぱんと払う。


「また無理してるんじゃないかと思ってさ」

『それなら ほかにもほうほうが あるだろう。
おどろかせないでくれ。

「セシルは一人で抱え込むからな。…じゃあ、本当に何なんだろうな」

『わからない…
とりあえず みずをのんでみようかとおもって。

「しゃっくりじゃないんだからさ」


一連の流れに着いていけずに固まってしまったティナに気付き、セシルが少し困ったように笑う。
ティナは笑みを返すことが出来ず、困った顔のままだ。


『しんぱいしなくていいよ。
きっと すぐもとにもどる。

「だといいけどなあ」


言いながら、バッツが何か異変はないかとべたべたとセシルの体を探る。
セシルがくすぐったそうに身を捩じらせると、バッツはにんまりと笑い、脇腹を突っついた。


「うわあ!」

「はは、やっぱりくすぐったいんだ」

「当たり前だよ!全く何を…あれ?」


セシルが再度首を傾げる。
そして、あー、あー、と何度か声を出してみせる。


「…治ったの?」

「…みたいだ」


良かった、とやっと微笑んだ瞬間、バッツがまたもセシルの脇腹を突っつく。


『うわっ!
バッツ やめてくれッ!

「お?」

「ちょ、だからやめてくれって」

「もいっちょ」

『たのむから いいかげんに…

「こりゃあおもしろいや!」


指で突かれる度にスイッチが入れ替わるように話し方の変わるセシルを心配そうに見守っていたティナだったが、次第にうずうずと湧き出す好奇心が抑えられなくなってきた。
セシルはバッツを警戒してじりじりと退がっているが、背後はがら空きだ。

後ろからそっと近付くと、バッツと目が合う。
バッツがにやりと笑う。
何かを察して振り向こうとしたセシルよりも早く、ティナはセシルの脇腹を突っついた。


「うわ!もう、ティナまで!」

「えいっ」

『く くすぐったいんだってば!
ほんとうに!


ぜえぜえと息を荒げてセシルが両手を前に突き出して制止を促す。


『まってくれ…
ほんとうに のどがかわいてきた。
みずを のんでもいいだろう?


余りにも必死な様子にティナが大人しく身を引くと、バッツも従った。
セシルは両手で水を掬うとごくごくと飲み干し、終えたかと思うと、あ、と声を上げた。



「今度はどうしたんだ?」

「治った…気がする」

「本当?」


安堵の息を吐いたティナに、セシルが頷いてみせる。


「もう一回、確かめてみるか?」

「しなくていい!」

「それにしても、何だったんだろうな。本当にしゃっくりだったのかも」

「こんなおかしなしゃっくりがあるかな?」


ほっとしたのは確かだが、途端に罪悪感が湧いてくる。
ティナはセシルの腕を軽く引くと、ごめんなさい、と目を伏せた。


「え?何が?」

「さっき、セシルが困っているのに遊んでしまって」


ううん、とセシルが眉を寄せる。
気に障っただろうか。怒らせてしまわないだろうか。

セシルは腕を組むと、神妙な顔をしてティナに向き直る。


「ぼくで遊んで、楽しかったかい?」

「…ええと…」


正直に言って、と見つめられ、ティナはおずおずと頷いた。


「ええ。…とっても」

「なら、いいよ」


優しい声が笑い、くしゃと頭を撫でられる。
想像していたよりもずっと大きくてごつごつした手の感触に、瞬間胸がきゅうっと苦しくなる。


私が愛を理解したいと思うわけは、きっと一つきりじゃない。
この優しいひとたちが私にくれたものを、ほんの少しでも返したいと思うから。
そんなことは、恥ずかしくて言えないけれど。


「向こう、騒がしくなってきたな」

「みんな起き出したかな」


二人の会話を耳に、はっと我に返る。
ひんやりとしていたはずの空気は、登り始めた太陽にすっかり温められている。
ティナは口元を手で覆った。


「いけない、ごはんの支度…!」


間に合わないわよね、としょげると、両手がぐいと引かれてよろめく。


「急げ急げ!」

「手伝うよ」


引っ張られるままに小走りになりながら、繋がれた両の手の先を見てティナは微笑んだ。



「ええ、お願い!」








お兄ちゃんズとティナ。
唐突にSFC喋りになるパラディン。




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