とりあえず、幻覚だろうと思った。
疲れているのだ。
大切な弟のためとは言え、仲間の目をかいくぐり敵であるはずのコスモスに通じているこの現状は、精神衛生上よろしくないのは確かだ。

ゴルベーザは再度、目の前の男をしかと見た。
緑色だ。
一度、ぎゅうと目を瞑りもう一度見やる。
やはり緑色だ。


「どうかしたのか」


目の前の男、ウォーリア・オブ・ライトは常の如く飄々とした表情でそこにいる。
相も変わらず、心の内の読めない男だとゴルベーザは思う。

今このとき、それは特に顕著だった。
心情云々はともかく、意図すら読めそうにない。

ゴルベーザは目を擦ろうとして、指先が兜に当たってかつんと高い音が鳴る。
幾らか動揺しているのか、と深く息を吐いた。


「…一つ、いいか」

「何だ」

「私には…お前が緑色に見えるのだが」

「その通りだが」


何故だ。
ゴルベーザの記憶では、それもそう曖昧な記憶ではない筈なのだが、この者は光輝く鎧を身に付けていた。
その筈が、今目の前にいるのは深い緑の色をした鎧一式だ。
装備を新しく整えたにしろ、そんな色の鎧を選ぶ理由がわからない。
というか、どこで手に入れたのだそんなもの。

ゴルベーザの不可解極まりないといった空気を沈黙で察したのか、ウォーリア・オブ・ライトは目線をちらと上空に向ける。


「クリスマスという慣習はお前の世界にもあるのか」

「…ああ、よく知っている」

「ならば説明は不要だな」


きっぱりと言い渡された一言によって新たに訪れた沈黙に、ゴルベーザは低く唸る。


「…いや、出来れば説明して欲しいのだが」

「クリスマスについてか」

「緑の鎧を着ている理由についてだ」


ウォーリア・オブ・ライトは、そうか、と一つ頷く。
さらりと頬の横に流れる髪が常と同じ色をしていることに軽く安堵した。


「クリスマスカラーというものを知っているか」

「ああ。それが?」

「だから着色した。赤は返り血で何とかなるが、緑はそうもいかないからな」


ゴルベーザは曖昧に頷き返す。
真顔で物騒なことを言っているのはこの際聞かなかったことにして、理由は何となくだが理解した。

だが、クリスマスだからと言って普通はそこまでする必要もないように思える。
見た目には全く現れてはいないが、本人なりに浮かれているのだろうか。
プレゼントの一つでも渡した方がいいのだろうか。

ゴルベーザの悶々とした思いを余所に、ウォーリア・オブ・ライトは視線をまた真っ直ぐに向けてくる。

この男の目は苦手だった。
一点の曇りもない輝きは、闇に染まった自身を灼き殺してしまうのではないかとすら思う。

何故、とうわ言のように呟く。


「何故私の元へ来たのだ」

「クリスマスは愛の象徴のようなものだからな」

「どういう意味だ」

「好きだ」


反射のようにびくっと体を引いてしまう。
上半身だけ反らしたためか、腰が軋んだ。
妙に痛かったが、関節の鳴る音はしなかったので大丈夫だ。と、思う。

ゴルベーザが自身の腰の心配をしている間、ウォーリア・オブ・ライトは少し考え込むように眉を寄せた。


「好き…と言うべきか。お前のセシルを想う姿、家族への無償の愛のあるべき形を好ましく思う」

「…そういうことか。だが…」


唇を軽く歯で押さえる。
セシルに何かしてやりたい、この気持ちは紛れもなく本物だ。
自分が奪ってしまった、与えられる筈だった愛情を今から埋めることなど出来はしない。
これは罪滅ぼしだ。

そう思うと、セシルへの愛なのではなく自責の念を軽くするため、すなわち自己愛なのだと言える。
無償の愛など、持ち合わせてはいない。
とうの昔に忘れ果ててしまった。

ずきりと痛むのは、今この胸か、置き去りにした愛情か。

ウォーリア・オブ・ライトが息を吸うのが聞こえ、虚ろだった意識が目を覚ます。


「愛とは無尽蔵に湧くものではないだろう」

「…そうだな。枯れ果てたこの身では、愛情など最早存在しないのかも知れない」

「与えるだけでは枯渇する。時には受け取ってみると良い」


ゴルベーザはふと首を傾げる。
話の流れが掴めない。


「どういうことだ」

「私がお前に愛を与えよう。そして、心が潤ったらまたセシルを想ってやればいい」


今のお前は少し危うげに見える。
そう言って見つめる瞳は真っ直ぐで力強く、暖かい色をしていた。


「…導いているつもりが、まさか気遣われるとはな」

「何のことだ」

「いや、こちらの話だ」


会話を切ると、ウォーリア・オブ・ライトは素直にそうかと頷いた。

しかし、とゴルベーザは今一度緑に染まった鎧をしげしげと見やる。
幾ら何でも思い切りが良すぎではないだろうか。
正直、遠目に見たときは新種のモルボルか何かかと思った。


「どうした。素直に私に愛される気になったか」

「…お前の愛とやらは…」


言いかけて、緩く首を振る。


「いや、言わずともいいことだ」

「気になるな」


ゴルベーザは兜の下でいつ以来かの笑いを零しながら、言葉の続きを胸にしまい込んだ。




………少し、重い。








兄さんは自分を責めて悪い方悪い方に考えがちじゃないかなと思う。
ここまで行くとセルフSM。




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