随分近くまで寄っても、資料を捲る手は止まらない。
痩せた背中をセフィロスは半ば睨み付けた。


「…おい」

「ん」


声を掛けるとやっと振り返る。
後ろで一つに纏めた黒髪の、解れにすら苛立ちが湧く。


「来たのか。座れ」

「任務扱いでなければ来なかった」


勧められるまま腰かけるも、この研究室の主、宝条は未だ資料を置こうとはしない。
無機質すぎるほどの椅子は固くて居心地がいいとはお世話にも言えない。

視線だけで周囲を見渡し、顔をしかめる。
部屋に充満する薬品の臭いも不快感を誘う。
市販薬から濃酸から、用途のわからないものまで、様々なものが混じった臭気はセフィロスでなくとも気分を害するだろう。


「興味があるか?それはバッテリーキャップから抽出した麻痺毒だ」

「…まさか、オレに打って麻痺時間の統計を取るつもりではないだろうな」

「血清を作るためのものだが…それも悪くないな。試してみるかね?ん?」


思い切り眉を寄せると、宝条はくくく、と喉で笑い資料を机に投げた。


「冗談だよ」


セフィロスの眉間の皺が更に深くなる。
この研究室が不快なのは、何も薬品の臭いがためだけではない。
この男自体が不快なのだ。

宝条はやれやれと向かいの椅子に腰を落とす。


「指令書に記してあるだろう。今日は定期検査のための採血をするだけだ。今日は、な」

「知らんな。ハイデッカーから口頭で伝えられただけだ」

「ソルジャーの任務は本人に書面で指令を出すと、規律にあると聞いていたんだがね」

「あの能無しに言え」


喉を震わせながら、宝条は細いチューブを取り出し両の手に握る。
セフィロスが袖を捲って右腕を挙げると、肘の上できつく縛られた。

血管の位置を確かめるため、宝条の指がセフィロスの肘裏を探る。
触れられるだけで悪寒がする。

節くれ立った、枯木のような指だ。
剣だこの跡など微塵も見られない、武器を扱ったことのないだろう手をセフィロスは侮蔑の目で見下ろした。
研究職の者を下に見るつもりはないが、この男は別だ。

枯木に挟まれた注射器がセフィロスの皮膚に刺さる。


「…!」

「ん、血管を外したな」


予想外の痛みに、顔が険しくなる。
宝条の方はと言えば、気に病む様子もなく針を抜いた。


「神羅の部門統括がこれか。耄碌したものだ」

「私は医療班ではないからな。次はどこがいい」


当てつけの言葉も流されて、セフィロスはうんざりと左腕を差し出した。


「利き腕だろう」

「構わん」


そうか、と言ってチューブを結び直す。
先程よりもきつく縛られたのは、一応は気にしているということだろうか。

いや、とセフィロスは心中で否定した。
失敗を赦せない男なのだ。
実力があるわけでもなし、ただプライドが高いだけの傲慢さ。
愚かを通り越して哀れですらあった。

細い指がとんとん、と肘裏を叩き血管を浮き出させる。


「セフィロス、お前は血管が細すぎていかん。どうにかして平均程度までならないものかな」

「自分の腕のなさも他人の所為か」

「いいや、これは研究に差し支えるからな」


代わりの注射器が針を光らせるのに気構えをしそうになり、意図して気を緩める。
皮膚の上に添えられた針を見詰めたまま、セフィロスは軽く悪態をついた。


「血管が細いだの、他人に言えた義理か」


ぴたりと針が止まる。
先端が少し刺さったまま、宝条は顔を上げた。


「…そうだな。私も血管の細さを指摘されたことがある」

「同じだろうが。尤も、貴様はその神経質がゆえと見えるがな」

「同じ…」


ぽつりと呟いたきり無言になる宝条に、セフィロスは拍子抜けする。
口達者の上に口の減らない、会話の相手として最低だとセフィロスの思う宝条にしては珍しいことだ。

やがて宝条は、ふ、と息を漏らした。


「同じ…か。クク、確かにそうだ。クックック…」

「何が可笑しい」

「いやなに、私と神羅の英雄とやらに共通点があるとはな、ククク…」


笑いながら注射針を進める宝条に一瞬ひやりとしたが、針はすんなりと血管に入っていった。

注射器の透明な容器の中をセフィロスの血液が満たしていく。

目の前の男が、自分と同じ血の色をしているのかさえ疑わしい。
そんな途方もないことを考えながら、セフィロスはただこの時が早く過ぎてくれと、それだけを願った。








不器用な愛し方。




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