不意にセフィロスは足を止めた。
頭に常にかかる靄のようなものがふっと晴れ、思考が明瞭になる。
残るのは、人として生きてそして果てた英雄の残骸だけだ。
この世界に於いて時折訪れるこのときを、セフィロスは厭うていた。
まるで心だけが置き去りにされたような心許なさにたじろぐ。
それも間違いではないのだろう、何せ元来のセフィロスの体はとうに朽ちているのだから。
今与えられただけの仮初めのこの身で、セフィロスに目的などありはしない。
そのため、ただ考えてしまう。
狂気に走った己の弱さを。
身が果てた後に知った出生の真実を。
「ちょっと」
突然に自身へと向けられた声にぴくりと指先が揺れる。
魔力の塊のような気配はゆるやかに近寄り、セフィロスの真後ろで地に降り立った。
「何阿呆みたいに突っ立ってるんだい?そうしているとただの木偶の坊だね。言うほどでかくもないけど」
つらつらと捲くし立てられる罵詈雑言に苦笑しながら振り返る。
またもや、難癖をつけにだけやってきたのだろう、暇なことだ。
しかし嫌味に歪んだクジャの口元は、次いでぽかんと開かれた。
「ちょ…え、何。笑ってるのかい」
言われて、すぐに口元を正す。
自然に浮かぶ笑みが未だ残っているものなのかと、心の頑丈さに驚く。
「…オレが笑うと、お前に何か不都合でもあるのか」
「『おれ』?」
セフィロスは薄く唇を引き結ぶ。
たかが一人称だとは思うが、それでも気にかかるものらしい。
けれど、詮索はするのもされるのも好まない。
自身に馴染みの深いものが咄嗟に飛び出してしまった、その浅慮を悔いた。
クジャは探るようにセフィロスの顔を覗き込むと、ふうん、と鼻を小さく鳴らす。
「何か君、雰囲気が違うね。どうでもいいけれど」
「ならこのくだらない問答も終わりにして貰えないか」
「母がどうのってよく言っているけど、今なら父親について語り出したりでもするんじゃないのかい」
瞬時にセフィロスの眉間に深い谷が出来る。
思い出したくもないところを突いてくる。
父親の様に感じていた人は居た。
父親であって欲しい人と言うべきか。
与えられたと思った暖かさはただの夢だった。
結局、彼は自身の真実(ほんとう)の家族を守るために逃げ、そして逃げ切れなかった。
知らぬままにあのとき果ててしまっていれば、セフィロスはいい道化だ。
遺伝子上の父親が誰なのかも知らぬまま行っていた振る舞いは、セフィロスが心底嫌っていたあの男にはさぞ滑稽だっただろう。
全てを知り得た今となっては自嘲しか残らない。
けれど、知りたくなかった。
「…父親など、居ない」
「そうなのかい?僕と同じか」
あっけらかんと言ってのけるクジャに、セフィロスは何度かまばたきをする。
クジャは感じていないのだろうか。
恐ろしいくらいの喪失感と誰に向けるとも知れない憎悪が、腹の奥を凍らせる程の灼熱となるのを。
育ての親は、とつい口先が滑った。
クジャは途端にぐっと顔を中心に寄せる。
「あんなのが親のわけがあるか!虫唾が走る!」
「…嫌っているのか」
「好きだとか嫌いだとか、そんな低次元の話じゃあないよ。いつかこの手で縊り殺してやる」
クジャの瞳の奥に宿った灼熱を見て取って、セフィロスはどこか安堵を覚えた。
そうだ、誰しもが持っている。
内腑を炎に灼かれて痛みにのた打ち回るように、誰かを憎む。
体内を賭ける熱は目の奥を熱くする。
その表情と言えば、目の前の男が体現している通りなのだろう。
「…無様な顔だ」
「何それ、君にそんなこと言われたくないよ」
お互い様だとでも言いたいのだろう。
セフィロスが肩を竦めてみせると、クジャはうんざりしたように大きく息を吐いた。
「自分じゃ気付いていないようだから、教えてあげるよ。君ね」
睫毛が瞳を覆い隠して今一度セフィロスを見たとき、そこにあった灼熱は鳴りを潜めていた。
代わりに現れたのは、侮蔑に似た何かだ。
憐憫だ、と気付いたとき、セフィロスの背にざわりと怖気が走った。
「泣きそうな顔してる」
父親(仮)と悶着のある人たち。
タイトルは英綴りだと「Dear,farther father」
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