対峙したときの強い視線が心地好い。
鋭い軌跡はその背に構えた弓で貫くかのように皇帝を射抜く。
憎しみとは少し違うように思えた。
心に宿した夢とやら、その志がゆえの真っ直ぐな瞳だ。

あのときとは違う、と皇帝は思う。
敵国の士として向き合ったとき、この男は今よりも更に鋭い眼差しだった筈だ。
そこにあるのは憎悪だった。
あのことを忘れているのだろうというのは想像に難くない。

この世界の不可思議な仕組みは闘争心を焚き付けるだけで、その理由までもを与えない。
皇帝が忘れていたあの闘いを思い出したのは偶然だったのか必然か。
周囲の邪念にあてられたのかとも考えられる。
過去のことなのか未来のことなのか、それすら定かではない、けれど自身が確かに行った残虐な振る舞い。
それが皇帝の中に舞い戻ってきたときは笑いが止まらなかった。
奪ったのだ。フリオニールの全てを。


「…お前がお前でなければ」


これほどまでに惹かれはしなかっただろう。
飲み込んだ言葉の先はしかし、フリオニールには歪んで届いたらしい。
瞳が危うげに揺れ、目が伏せられる。


「俺だって…お前がお前じゃなかったら」


今一度上げられた瞳には、慕情に似た色が宿っていた。
皇帝は薄く笑う。
ついと伸ばした指先でフリオニールの頬に触れると、びくりと体を強張らせるものの身を引こうとはしない。
唯一払いのけられるだろう手はだらんと両脇に垂れたままだ。


「…なあ、止められないのか。今からでも」

「無理を言う」

「無理じゃない!お前がそうしてくれるなら、俺は…」


飲み込んだ言葉の先は、寸分違わず皇帝の元に届いた。

莫迦な男だ。
憎んだ相手に向ける強い感情を情欲だと取り違えているのだ。
その愚かしさが愛しくてたまらなかった。


「お前が私の元へ来ればいい」

「…それは」

「私を想うのなら」


後を押すように言うと、フリオニールの瞳が切なげに揺れる。
それでも芯の強さは折れはしないようだった。

フリオニールが全てを思い出すのはいつになるだろうか。
まさに今がそのときかもしれないし、この闘争の間は訪れないかもしれない。
しかし、仮死毒に浸ったこの世界にあっても、憎しみはいずれ息を吹き返す。
この強い視線が憎悪に歪むとき、聞こえの良い言葉で着飾った志は剥がれ落ち、ただの復讐の鬼となるのだ。


早く私の元へ来い。
早く私のところまで堕ちて来い。
そしてそのときこそ、全てを奪ってみせよう。


触れたままの指で顎先を掬い上げると、悟ったように睫毛を伏せる。
次に開いたときにそこにあるのが憎悪であれば良い。
心が踊る想いをしながら、皇帝も瞳を閉じた。








ロミジュリ的な何か。
皇帝はまともな恋愛出来なさそう。





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