どうしてだろう、テントの中に無造作に置かれていた荷物が気になった。
特に理由があったわけではないし、ただなんとなく、としか言い様がない。
けれど、なんとなくなんて言葉では片付けられないくらいに強く意識を惹かれていた。
ひとのもの、という意識はあったのに、紐を解く手は止まらなかった。

取り出したそれは、すぐに手に馴染むようなものではなかった。
寧ろビビの手には大きすぎるくらいで、重みでよろよろと尻餅を付く。
それでも手離せなかった。


すぐ後ろで、はっと息を飲むのが聞こえた。
ぽぉっとしたままゆっくり振り返るとそこに居たのは、天幕を捲ったままの姿勢で固まる荷物の所有者、ダガーだった。

どうして、と呟いた声はテントの中で不自然なまでによく響いた。


「どうして、おねえちゃんがこれを持ってるの?」

「ビビ…」


ダガーは何かを言おうと口を開いたが、すぐに俯き首を振った。


「どうしてだか、私にもわからないの。ただ、置き去りにしてはいけないような気がして…」


さく、と足音が近寄る。
すぐ傍まで来た姿はビビの目にしっかり映っているはずなのに、どこか遠くの世界のことのようにぼんやりとしていて、足音だけしかわからなかった。
両の手に握ったそれを、立派な象りをした魔道士の杖を足音のした方に差し出すと、細い指がビビの小さな手ごと包み込む。


「あなたに渡さなくちゃって、思ったの」


でも、言い出せなくて。

ビビにはこんなとき言うべきことがわからない。
それでも僅かにこくりと頷くと、柔らかな手のひらは離れていった。


さくさくと足音が遠ざかって、聞こえなくなってからやっと、ビビは杖を見ることが出来た。
見た目通りずしりと重量があって、そして装飾は取れて塗装は剥げて。
魔力を練り上げるための水晶は無惨にもひび割れてしまっている。
高位の魔道士が持つに相応しいだけのその杖の、元の姿がどんなだったかもビビには思い出せない。

どんな無茶な使い方をしたのだろう、どす黒く染まって元に戻らなくなった水晶を覗き込む。
割れた水晶に映るビビの姿も二つに割れて見える。
半分から割れた虚像はまるであのひとがそこにいるようで、ビビはぶるりと身震いをした。


恐ろしい目をしたひとだった。
何かをひどく憎んでいるようなのに、その対象は漠然として知れなかった。

その中には、ビビも含まれていたのかもしれない。
本人すら含まれていたのかもしれない。


なにを憎んでいたの。
なにを求めていたの。


水晶に映る姿に問い掛けるも、そこにあるのはやはりビビの姿に他ならならくて、返答もない。


存在する理由なんてきっと空にある星みたいに数えきれないくらいあって、その中から本物なんて見付け出せないんだ。
星はぜんぶ本物なのに、そんなこともわからなくなっちゃうんだ、たぶん。


理由を探すことはビビには少し難しすぎるような気がした。
見付け出せないまま、それでもビビは今、ここにいる。


「あなたも、ボクと何も変わらなかったのに」


両手どころか全身で支えても杖はまだ重くて、ビビは潰されてしまいそうだった。
それでもその重さはどこか優しくて、どこか恐ろしくて、どこか物哀しい。

ビビは割れた自分の姿に向けてそっと目を閉じ、祈った。
まるでヒトがそうするように。








黒のワルツ3号が好きすぎる。




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