秩序の聖域に夕暮れが訪れる。
戦いに明け暮れる戦士たちの休息の時間だ。

セシルはふと辺りを見回して、首を傾げた。
そろそろ食事が出来上がるというのに、バッツの姿が見えないままだ。

いつもつるんでいるあの三人組でまた何処かに遊びにでも行ってしまったのか、と思うもスコールとジタンは目の届くところにいる。
テントの裏に回ってみると、踏み馴らされた土の向こうに真新しい足跡が見える。
バッツのものだろうか。
セシルは足を踏み出した。


足跡は随分遠くまで続いていた。
敵の根城にはまだ遠いが、こんなところまで一人で来るのは好ましくない。
自由な人だとは常々思っていたが、お互いそれなりの年齢なのだ。
尊重すべきところは踏み込まずにいたいが、多少は注意を促すべきなのかもしれない。

木々がちらほらと見え始めたその一角に、見慣れたマントが…見えた気がしたのだが、見間違いだったのかもしれない。
と言うよりは、服装が次々と変化しているように見える。

バッツには間違いないようだし、と意を決してセシルは傍に寄った。


「バッツ」

「うわあああ!?」

「うわあ!」


突然バッツの発した大声にセシルも驚いて大声を上げてしまう。
ばくばくと鳴る心臓を押さえて見下ろすと、確かにバッツに違いない。
だが、記憶の中の姿とは一致しなかった。
ひらひらとした裾の長いローブ姿に、額にあるのは角だろうか、一角獣のように尖ったそれが鎮座している。


「バッツ、それは…」


バッツは声を掛けたのがセシルだとわかると照れ臭そうに笑い、見られちゃあ仕方ないよな、と呟いた。


「ジョブチェンジの練習してたんだ。こっちではずっとものまね士のままだからさ、ちゃんと出来るか気になって」


言って、ひらりと身を翻す。
何処か違和感のあるところはないかと動き回ってみるバッツの横、セシルは僅かに首を傾げる。

ジョブチェンジ。
この世界で一番頻繁にそれを行っているのはセシルだろう。
しかしそれはバッツの言うようなものとは違って、望んだジョブなら何でもなれるわけではない。
しげしげと眺めてみるに、不思議なものだ。
能力どころか服装も変わってしまうのだから。

セシルの興味深そうな視線に気付いたのか、バッツが少し気を良くしたように笑う。


「面白いだろ?これは水のクリスタルのジョブで、召喚士っていうんだ」

「水の…クリスタ…」


う、と小さくセシルが呻く。
一体どうしたのかと、俯いた顔をバッツが覗き込むとセシルはばっと頭を上げた。


「うわあああ!すまない!ごめんなさい!二度としませんから、お願いだから飲み物に毒を混入するのはやめてくれ!」

「ちょ、え、セシル!?」

「召喚士…召喚士…すまない、許してくれなんて言えることじゃない…ぼくは…」

「セシル!どうしたんだ!」


今にも蹲りそうなセシルの肩を揺さぶると、はっと瞳に光が戻る。
両肩をしっかりと掴み、大丈夫か、と確かめるように問うと、ああ…と弱々しい声が返る。


「どうしたんだろう、急に凄まじい罪悪感に襲われて…」


もう大丈夫だ、と言うセシルにバッツは乾いた笑いを漏らす。
水のクリスタルに、召喚士。
何処に誰のトラウマが転がっているかわからないものだ、と心中で溜め息を吐いた。

セシルは自身でも不思議そうにしているが、このままの姿でいるのは得策ではないだろう。
バッツはなるべく無難そうなものをと考えに考え、クリスタルの欠片に祈りを込めた。
召喚士の証である角は消え失せ、代わりに手元に竪琴が現れる。


「どうだ?吟遊詩人!」


ぽろん、と弦を弾いてみせると、セシルの目が好奇心に輝いた。


「すごいな。そんなに素早く出来るものなのか、ジョブチェンジって」

「そうだな、結構気軽かもしんないな」


そうなのか、とセシルが笑う。
どうやらこのジョブにはトラウマらしき影はないようだ。
バッツは手癖で竪琴を鳴らしながらやっと安堵感に浸る。


「このジョブは、うたを歌って仲間のサポートをするのに適してるんだ」

「じゃあ、こっちじゃあんまり使い勝手が良くないのかな」

「そうなんだよなあ。あ、でも面白いアビリティがあるんだよ。こうやって、かくれ……うぐっ!」


突然頬に走った痛みにバッツが蹲る。
何が起きたのかわからなくて見上げると、拳を握り締めたセシルが見下ろしていた。
怖い。


「え…、な…?」

「あ、ああっ!すまない、バッツ!ぼくは何を…!?」


慌てふためいて膝をつくと、バッツの頬に触れる。
少し熱を持ってはいるが、怪我の域には至らない。
怖いけど。


「アビリティを発動する前に、何故か殴らなきゃいけないような気になって…別に役立たずだとかお荷物だとか弱虫王子だとか思ったわけじゃないんだ、本当だよ!」


王子ってなんだ。
そう思ったものの、口から漏れるのはやはり乾いた笑いだけだった。

セシルのトラウマは根深い上に幅広いようだ。
触らぬ神に祟りなし。
バッツは今まで以上にジョブチェンジを自粛しようと心に固く誓った。


一方その頃、なかなか戻らないセシルを探しに来ていたオニオンナイトは物陰から一部始終を見てしまっていた。
バッツだからあのくらいで済んだものの、自分の上背では吹っ飛んでしまうかもしれない。

オニオンナイトの名に相応しくない程にガタガタ震えながら、セシルの前では絶対吟遊詩人になるまいと、こちらも心に固く誓っていた。








書いてる途中に別の話も浮かんだので、別バージョン。




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