秩序の聖域に夕暮れが訪れる。
戦いに明け暮れる戦士たちの休息の時間だ。
セシルはふと辺りを見回して、首を傾げた。
そろそろ食事が出来上がるというのに、バッツの姿が見えないままだ。
いつもつるんでいるあの三人組でまた何処かに遊びにでも行ってしまったのか、と思うもスコールとジタンは目の届くところにいる。
テントの裏に回ってみると、踏み馴らされた土の向こうに真新しい足跡が見える。
バッツのものだろうか。
セシルは足を踏み出した。
足跡は随分遠くまで続いていた。
敵の根城にはまだ遠いが、こんなところまで一人で来るのは好ましくない。
自由な人だとは常々思っていたが、お互いそれなりの年齢なのだ。
尊重すべきところは踏み込まずにいたいが、多少は注意を促すべきなのかもしれない。
木々がちらほらと見え始めたその一角に、見慣れたマントがはためいていた。
セシルはさくさくと足音を立てながらその背中に歩み寄る。
「バッツ」
背中は振り返らない。
セシルは隣に並ぶ。
バッツの見つめる先に目をやると、赤く焼けた夕暮れが視界一杯に広がる。
目が灼けそうだ。
ずきりと胸が痛む。
以前にも見たことがある気がする。
こんな風に赤く染まった空、けれどあれは夕焼けなどではなく…
「どうしたんだ」
「…え」
はっと我に返ると、バッツがこちらを見ていた。
その頬も、空と同じく赤く染められている。
「いや…バッツが居なかったから、どうしたのかと思って。様子を見に来たんだ」
「そうだったのか。悪いことしちゃったな」
言って、バッツはまた赤い空に顔を向ける。
少し眩しそうに目を細めると、ぽつりと言った。
「風が」
「え?」
「風が呼んでたんだ。だから、何だか旅に出たくなった」
旅。
セシルもこの世界に来る以前、元居た世界で旅をしていた筈だ。
朧気ながらも蘇る記憶はクリスタルを手に入れてから顕著になっていた。
大切な人が傍に居てくれたけれど、決して楽しいものではなかったように思う。
「…ぼくも旅をしてみたいな。バッツみたいに」
「すればいいじゃないか。この闘いが終わって、元の世界に戻ったら」
セシルは緩やかに首を振る。
課せられた使命は、個人の願望の通るようなものではない。
「ぼくには、守るべきものが多すぎる」
「捨てちまえば?」
驚いてバッツを振り返る。
赤い空を見つめる横顔からその真意は見出せない。
「…無理に決まってる」
「どうしてだ?何があってもセシルはセシルだろ」
「そうかもしれない、けど!大切なものがある、守りたいものがある!それも含めて今のぼくがあるんだ!」
声を荒げてしまって、すぐに口元に手をやる。
バッツはその様子を見て、にっと笑った。
「なら、それでいいじゃないか」
ううん、と伸びをしてバッツが踵を返す。
メシ出来てるかな、と来た道を歩き出すバッツの後を追う。
バッツ、と呼び掛ける。
「ぼくは…我が侭を言っていたのかな」
バッツは振り返らず、空を見上げた。
「ちょっとな」
セシルも空を仰ぐ。
夜の混じり始めた薄暗い赤は、不思議なまでにセシルの目を柔らかく包んだ。
天涯孤独の身から家族を手に入れた人と、あって当たり前の家族を失った人。
バッツだって嫉妬くらいする。
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