カオス神殿の中枢に構える玉座、そこに深々と腰掛けるクジャを見て、セフィロスは目を丸くした。
その場に座っていたことに驚いたのではない。
クジャはガーランドと折り合いが悪く…というよりはクジャが一方的に言い掛かりをつけているようにしか見えないのだが、とにかく事あるごとに諍いを起こしている。
ガーランドに嫌がらせをしているのもよく見掛ける。
修理するほどではない程度に私物を破損させたり、繕うほどではない程度に外套をほつれさせたりと、くだらないとしか言えない、だが気に障るようなことをするのだ。
だから今回も、掃除するほどではない程度であるものの気になる具合に玉座を汚す気なのだろう。
驚いたのは別のことだ。
クジャは玉座に胡座をかいて、何かちまちまと作業をしているようだ。
下半身を露出しているのと殆ど変わらない状態で脚を開くなど、セフィロスにとってはこの方が気に障る。
アリかナシかで言えば確実にナシだ。
「ナシだな」
「は?」
クジャが驚いたように顔を上げる。
自分でも驚いた。
心中の思いが強すぎたのか、知らず声に出してしまったらしい。
クジャは怪訝そうな顔付きでこちらを見ている。
今更取り繕っても無駄なようだ。
セフィロスは咳払いを一つすると、居を正した。
「いつからそこに居たんだい?覗き見なんて悪趣味だよ」
「今し方来たばかりだ」
クジャは、ふうん、とさして興味もなさそうに流すと、また何かしらの作業に没頭してしまう。
正直なところ、拍子抜けだ。
常のクジャと言えば、何を聞かずとも勝手にぺらぺらと喋り続ける。
その大半が自己を称える言葉か対話者を貶めるものだが。
口も開かぬほどに集中しているものとは一体何なのか。
一度気になってしまえば、あとはセフィロスの人一倍強い知識欲が背中を押すだけだった。
「…何をしている?」
クジャはふと顔を上げると、自分かと訊くように自身を指した。
普段、セフィロスから声を掛けることなどない。その為だろう。
セフィロスは肯定を示す為に頷いた。
珍しいこともあるものだね。
そう言って、クジャは手に握り込んだものを目の高さまで挙げた。
クジャの指先に絡んでいるのは鋏だった。
そして、空いた手で髪を一房救って毛先をちらつかせてみせる。
「手入れだよ。枝毛の」
なるほどと頷き玉座をもう一度見てみると、確かに短い毛があちこちに散っている。
ちくちくと刺さるのが容易に想像出来る。
地味にストレスになるだろう。
クジャは毛先をじっと見つめてううんと唸る。
「でもさ、なかなか見付からないんだよね。結構傷んでるはずなんだけれど」
ぐっと顔を近付けては鋏を入れる。
目が悪くなりそうだ。
そう思ったとき、セフィロスはまたも余計な一言を言ってしまっていた。
「私がしてやろうか」
「え?は?何?」
「…私が、お前の枝毛を」
クジャは目を大きく開けてから、厭らしく細めた。
「今日は隕石でも降るんじゃないのかい?」
「何が言いたい」
「別に。だけど生憎僕も、自分の髪の手入れすらしないような奴に髪を触らせるほど酔狂じゃあないよ」
お呼びでない、と言った風に手で追いやる仕草をされてセフィロスの眉間に皺が寄る。
枝毛くらい自分で切っている。
そう伝えるとクジャは首を傾げた。
「…本当に?」
「本職者の腕には及ばないが」
「そうじゃなくて、君に枝毛なんてあるのかい?」
「…どういう意味だ…」
クジャは指先を口元まで持っていき、何かしら考えているようだ。
セフィロスはふと気付く。
セフィロスが自身で枝毛を切っているのは他人の手が入るのを避けるためだ。
もしやクジャも、他者に触られたくないがためにこのような物言いをしているのかもしれない。
だがセフィロスの懸念はすぐに杞憂に終わった。
クジャは鋏を手の中でくるりと回すと、取っ手をセフィロスに向けた。
「少しくらいなら、やらせてやってもいいよ」
「やりたいと言った覚えはないが」
「何だいその言い方。可愛げのない」
どっちがだ。
セフィロスは顔をしかめたまま鋏を受け取り、クジャの横に回る。
一房を手に取ってみると、なるほど長さの違う毛先から枝毛を見付け出すのはなかなか骨が折れる。
だが、生まれたときから銀の毛先を見慣れているセフィロスには造作もないことだ。
しゃきしゃきと手際良く鋏を入れる。
肩へ落ちていく髪を見やり、悪くないじゃないか、とクジャが笑った。
「しかし、ねえ」
言って、クジャはふふっと笑う。
クジャが手に持つ手鏡を覗き込むと、にこにこと微笑うクジャが見えた。
髪をいじられるのがそんなに嬉しいのだろうか。
意外だが。
クジャは嬉しさの滲む声で言った。
「君に枝毛があるなんてねえ。完璧な人間なんてそうはいないってことかな」
嫌な奴だ。
というか、たかが枝毛の有無で欠点を増やされるのはたまったものではない。
だが、とセフィロスは口を噤む。
鏡の中のクジャは本当に幸せそうに微笑んでいる。
常がこうであればとまでは言わないが、時に誰かに対してこの笑顔を見せれば可愛げとやらも少しはあるだろうに。
そう思い、セフィロスは髪に入れる鋏を少しだけ遅くした。
その結果、神殿に戻って来た玉座の主に目撃されクジャと並んで説教をくらう羽目になるのだが。
床屋さん。
セフィロスは指先器用でも、不器用で大ざっぱでも萌える。
クジャは自分より優れて見える人がとことん嫌いなんだと思う。
心の底では自分に自身が持てないんだろうなあ。
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