「部屋が取れなかった?」
カインの問いに、帳簿の置いてあるカウンターから戻ってきたセシルは所在なさげに頷いた。
「二部屋は取れたんだけど、ツインが一つしか空いてないらしいんだ。もう一つは、ダブル」
「そうか…」
地底から抜け出して、バロンへの航路を取っている途中だった。
多くの犠牲を経ても尚、立ち止まることは許されない。
それでも休息は必要だ。
飛空挺の操縦は必然的に慣れたセシルに任せることになる。
代わってやることも出来ず、目に見えて疲労していくセシルに提案出来たのは、一度休もう、それだけだった。
日も暮れてから宿を探した為か部屋はあと僅かだったらしい。
すまない、とセシルが呟く。
「どうして謝るの。あなたの所為じゃないじゃない」
ローザは微笑んだが、いつもの花の咲くような笑顔ではなかった。
当然だろう、大事な人を喪くしたばかりだ。
それはセシルも、カインも同じだった。
「そうよ。それに、あたしは一つのベッドでも平気よ。いいでしょ、ローザ」
場の空気を振り払うような明るい声に幾分救われる。
リディアが意図してそうしているのはわかっていたが、その優しさが有り難かった。
だが、セシルとカインの表情が同時に固まった。
「そうね、私とリディアならそう狭くもないだろうし」
「お泊まり会みたい。わくわくするね」
テントで休むときに隣合うのとはまた違った雰囲気なのだろう、笑い合う二人に水を差すのは本意ではない。
が、同じく何も言えなさそうにしているセシルを見てカインは仕方なく口を開いた。
「いや、俺とセシルがダブルに泊まる」
リディアは目を丸くして、ええどうして、と声を上げる。
「だって男二人でしょ。窮屈じゃないの?」
「ダブルベッドならさほど支障はない。だろう、セシル」
話を振ると、あ、ああ、とセシルが慌てて肯定する。
それを確認してリディアに向き直ると、少し肩を竦めてみせる。
「それに、こいつの扱いには慣れてる」
「何だよ、その言い方」
むくれたセシルを見てローザが笑う。
つられたようにリディアもくすくすと笑った。
「じゃあ、セシルをお願いね」
「ああ」
「ローザまで…」
がくりと肩を落とすセシルの手をローザが緩く握る。
指が繋がれたのは僅かの間だったが、言葉なくしても伝わる想いが溢れていた。
それじゃあ、と言って二人が部屋へ向かうのを見送ってから、セシルが深く息を吐いた。
カインは少し口元を弛ませる。
「危なかったな」
「ああ。リディアがゆっくり休めないと可哀想だ」
「ローザは寝てる間に何でも抱き枕にするからな…」
「そうそう。抱き付かれると…えっ」
言葉半ばで止めたセシルを横目で見ると、青い顔をしてぱくぱくと口を開閉している。
「な、なん、何でカインが知って、ま、ま、まさか…」
「馬鹿」
一言で一蹴してやると、セシルがまたもむくれる。
「馬鹿って何だよ」
「ローザとは家族ぐるみの付き合いだったんだ。ガキの頃に一緒に寝かされていた。よくあることだろう」
おまえの様子を見るに、まだあの癖は治ってはいないようだがな。
そう言うと、セシルはやっと安堵したように肩を落とし、紛らわしいよ、と漏らした。
「そうか?因みにローザのあれは昔大切にしていた白チョコボの縫いぐるみを毎晩抱いて寝ていた名残だ。知らないだろう」
「…知らないよ!」
完全に機嫌を損ねて、ずかずかと部屋へ向かうセシルの後を、カインは少し笑いながら着いていった。
始めこそ拗ねてはいたが、ベッドに入る頃にはセシルは寧ろ上機嫌だった。
「久し振りだなあ、カインと一緒に寝るなんて」
「そうだな。おまえが俺のベッドに潜り込んだとき以来か」
「それ、いつの話だよ」
「最近だろう。酒が入る度に人の部屋に来やがって」
燭台を灯したままで枕を並べて言葉を交わす。
橙の灯りの中セシルを睨み付けると、あー、と間延びした声が返る。
「あのときは、カインと過ちを犯しちゃったかと思ったなあ。上は何も着てなかったし」
「おまえが暑い暑い言いながら脱いだんだろう。おまけに人のことまで脱がすときた」
「そう言えば思ってたんだけど、何で着直さなかったんだ?」
「俺のシャツを放り投げた途端におまえが人の肩に凭れ掛かって寝るからだ。起こすわけにもいかん」
気難しい顔をするカインを、セシルは頬杖を付きながらニヤニヤと見やる。
「優しいんだ」
「馬鹿か。もう寝るぞ」
「また馬鹿って言った…」
すっかりむくれ顔が板についたセシルを無視して、カインが燭台の火を吹き消す。
途端に訪れた暗闇に、思わずカインの姿を探す。
すぐにごそりと音がして隣に潜り込んだ気配にセシルは知らず安堵の息を吐いた。
開いたままの目が闇に慣れ、シーツを被った輪郭が次第にはっきりと見えてくる。
骨張った背中が見える。
無駄のない筋肉。
飛竜に騎乗することを前提とし自身も宙に舞う戦法のために極限まで絞られた、竜騎士の体。
セシルはそっと手を伸ばした。
肩に触れる。
「カイン、ねえ」
「…何だ」
「こっち向いてよ」
肩越しに振り返るカインに、そうじゃなくて、と返す。
「こっち向いて寝て」
「…あのな、何が悲しくて男同士で顔を突き付け合って寝なけりゃならないんだ」
「今更気にしないよ」
けろりと言ってのけるセシルに対して、カインは眉をきつく寄せて体勢を元に戻した。
「とにかく、嫌だ」
「何でだよ、いいじゃないか」
「おまえこそ何でだ。おいやめろ、揺するな」
「カーイーンー」
「いーやーだー!」
半ば意地の張り合いになりながら、セシルはカインの肩を強く引く。
カインはカインで、対抗して踏ん張っている。
セシルが少し距離を詰めて思い切り力を込めたとき、カインの体がくるりと反転した。
と思ったのも束の間、そのままシーツを跳ねのけてセシルの無防備な腹に飛び乗る。
「ちょ…卑怯だ、いきなり!」
「うるさい、油断してる方が悪い!」
「重いっ重いってば!」
安宿にあるようなものよりは随分丈夫そうなベッドだったが、男二人で暴れてはとても耐えきれずぎしぎしと悲鳴を上げる。
片や押さえ込み片やそれから逃れの攻防戦の末、セシルの方が手首を掴まれ片手を完全にきめられてしまった。
「痛い!カイン痛い!」
「おまえだって俺の肩を思い切り掴んだだろうが。外れるかと思ったんだぞ」
「わかった、ごめん謝るから!」
空いた手でタップを繰り返すと、カインは、その馬鹿力を自覚しろ、と呆れたように溜め息を吐いた。
掴んでいた手が弛んだ瞬間、自由になったセシルの手がカインに突き出される。
カインはしまったという顔をしたが、逃れる隙もないまま背中に両手が回る。
そして、強く引き寄せられた。
「……セシル?」
胸元に顔を埋める形になり、セシルを見上げようとする。
しかし、ぎゅうと痛いくらいに締め付ける腕がそれを阻んだ。
「…おまえは」
頭上からの声にカインは思わず息を呑む。
震えた声だった。
「居なくならないよな。ぼくらを…ぼくを、置いていかないよな」
カインは言葉を失った。
何を言ってやればいいのかわからない。
己の罪と戦うことが、多くの仲間の死が、そしてカイン自身の離反が。
セシルに与えた苦悩はどれほどだったのだろう。
「…すまん」
「違う、謝って欲しいんじゃない。責めてるわけじゃない。ただ、ぼくは」
セシルはぐっと息を詰めた。
「約束、してくれ」
カインは額をセシルの胸に押し付ける。
当たり前だ、馬鹿。
そう言った声音は優しかった。
ふっと腕の力が弛む。
「…言ったばかりで、力一杯締め付けやがって」
「あ…忘れてた、すまない」
「いいから早く離せ。重いんだろう」
「さっきのは冗談だよ。カインくらい何てことない。何ならお姫さま抱っこでもしようか?」
笑うセシルの頭を叩くと、やっと腕から解放される。
寝転がりながら痛いと文句を言うセシルをよそに、乱れたシーツを整えるとカインはさっさと横になった。
「おやすみ」
「はあい、おやすみ」
不満げな声を上げながらも、セシルはシーツを肩まで引き上げた。
寝返りを打ってカインの方を向く。
暗闇の中浮き上がる輪郭は確かにそこにある。
背中の代わりに見えるカインの顔を確認して、セシルは満足げに目を閉じた。
でもまた裏切る。
表立ったホモじゃなく、友情寄りで目一杯いちゃつかせよう!と思ったらやりすぎた。
タイトルは雅から。
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