不意打ちで爆発
 朝目が覚めて、あまり覚醒しない頭は、今日の朝ごはん、なんだろう、とぼんやり考えて。そのままあくびをしながら俺は起きた。ねむたい、ねむたいねむたい。だけど、朝、俺はしなくてはいけないこと、習慣があって、ああーもう、めんどくさいなあ。

 おぼつかない手つきで、制服を着た。髪の毛にワックスをつけて、整える。金色の髪は、朝の白い光で、きれいにきれいに反射する。それを俺は、無感動に鏡越しからみつめた。

 無意識に、ふれた、唇。


 指先で、ざらざらと、乾いたそれに触れて、指を離すと、下唇を噛んだ。


 部屋から出ると、少しだけ、ぎしぎしと軋む、木の廊下。居間の方からは朝ごはんの柔らかく優しいにおいがして、だけど俺はそれを無視して、居間の前を通り過ぎ、そのまま廊下を直進した。
 この古風な広い、豪邸のような家の、奥の方。襖にはきれいな赤い花がえがいてあるその扉を開けば、彼が布団の中で寝息を立てていた。
 布団の上で散らばる、黒い髪。決して女顔というわけではない、むしろ男らしさをもつその顔をみて、きれいだと思う俺は、いかれているのだろうか?同じ男として。でも、きっと、つーか、どーせ、もう頭のねじはぶっとんでどっかいっちゃって、錆ついて使い物にならなくなってんだ。修復しようなんてないんだ。


「彩刃さま」


 彼の枕元に、正座して、俺は彼の名前を、唇で紡いだ。そんな小さな声で、彼が起きるはずはなく、俺は布団の上から、彼を柔らかく、揺さぶる。名前を呼びながら、揺さぶれば、彼が寝返りを打った。唐突すぎたことで少々驚いてしまい、反射で、手を離すと、その手を、強い力でつかまれた。

「おは、よ…?」

 うわごとのように、つぶやいたその言葉。その言葉が吐きだされてすぐ、名前を紡ぐはずだったその口を、ふさがれた。ただ、柔らかく触れるだけだと思ったその唇。だが彼の同じ器官はそれだけではなく、除いた舌から俺の、ざらついた上唇をなめとると、すぐに離れた。


「ごめん」


 その行為をしおえたあと、彼は必ず、その一言をもらす。別に、謝る必要なんて、彼にはない。むしろ、謝るのは、俺自身であるはずなのに。なんで、彼が謝るんだ。わけわかんないよ。掟なんだから。掟なんだから。彼と俺はその掟に、振り回されているだけの関係なんだから。 どうやら、寝ぼけていたらしい彼は、目をこすると、俺の方をぼんやりとした目で、ながめた。俺が何を言うのか、待っているかのように。

「朝ごはん、先食べてる」
「ああ、分かった」
「おはようございます。彩刃様」
「おはよう、譲刃」

 俺は正座していた体制から立ち上がると、そのままその密閉された空間から、ゆっくりと、一定のリズムを保って、飛び出した。


 部屋を出て、今までの廊下の途中で、力が抜けてしまった俺は、ずるずると、壁にもたれかかりながら、しゃがみこんだ。

(…ふいうち、)

 心臓が早鐘をうって、とまらない。どくりどくり、と動脈が今にも暴れだしそうで。脳から肺、胃までもがずくりずくりとえぐるように痛みだすとともに、熱を持ち、俺を、壊す。

 ああ、ああ。

 10歳のころから毎日毎日キスをしているから、今は16歳で、6年間。毎日一回、必ずキス。だから計算すれば、2190回。それなのに、たった一回の不意打ちのキスで、なんでこんな、ああ、ああもう、いやだ。助けて。

 普通、好きな人とそんなことすれば、甘くて甘くて、甘くて。仕方ないんだろうけど。俺にはつらすぎて、つらすぎて、しょうがなかった。誰かに助けてほしかった。幸せな状況であるはずなのに、それを素直に、うまく、甘受することが、できなかった。
 

 ああ、ほんと、だいすきなんだ。
 ただただ、それだけなんだ。それだけなんだ。


 俺と彼は毎日キスをする。
 それは、掟だから。



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bkm


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