踏み出そうとした途端、これだ。
「おめでとうございます」
ただいま、と言おうと思ったその時に、玄関には女中さんがその言葉を口にした。
ああ、彩刃はもう、当主様に俺の役目は終わりだということを告げたのだと、その一言で俺は理解した。
「当主様がお呼びですよ」
「ありがとうございます」
俺は荷物を部屋においてから、ずっと廊下の先にある当主様の部屋へ向かった。
当主様と俺は話を終えて、すぐに俺は自分の部屋の荷物をまとめはじめた。
理由としては、もう、用済みであるということ。掟はもう破られた。それが東堂家と灯野家の契約だ。
当主様には、遠回しにもう不要だということを告げられた。早ければ明日にでも、家を出て行ってほしい、ということだった。要約すると。
(こんなちっぽけなもんだったのか)
俺と彼をつなぐそれは、明日にでも切れるほど、ちいさな、ほころびやすく、きれやすい、それだということを体現していた。今日の朝、笑って彼女に言われたことを思い出した。
(前に進む、か)
ある意味では前に進んだ結果なのだろうか、これは。逆走?なくなったことになる?なんだか、時計の針が戻って、出会わなかったころにでも戻るのだろうか。ああ、きっと、そうなんだろう。
ふと、ぼんやりと、もうあきれ返った思考を繰り返していたとき、部屋の扉が開いた。
「拾刃、おかえり」
「…ゆず兄」
彼女はもうすでに話を聞いたらしかった。拾刃は俺の部屋にゆっくりと足を踏み出して、俺の目の前に立った。
「…私は、別にいいよ」
セーラー服のリボンを、窮屈から解放するように、彼女はそれを緩めて、外して、床に投げた。
「だけどゆず兄は違うでしょ」
何が?と言えればよかった。
妹にも気づかれるほど俺は分かりやすいのだなときづかされた。
「もういいから」
「何が?!全然よくないよ、なんで、そんなこと言うの?なんであきらめちゃうの、男同士だから?そんなの、理由になんないよ」
「違う」
「何が違うの」
「男同士だからじゃない、あきらめたのは」
彼と俺が、主従関係だから。
「じゃあ、」
拾刃は、歯をくいしばって、笑った。
「ゆず兄はもう、彩刃様に仕えてはいないでしょ?」
もう、会うことはないんでしょ。
ここを明日、出ていけば、もう、彩刃様には会えないんでしょ。
だったら、最後に、餞別においてきなよ。
「すき、って。言おうよ」