「お兄ちゃん」
俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのは世界でたった一人。妹の拾刃だけだ。目が覚めると、心配そうに俺の顔を覗き込む拾刃の姿があった。セーラー服に身を包んでいることから、もう登校の時間は近いということが分かった。
「っい」
痛い。
そう言おうとしたものの、口が開かないほど痛かった。体中が。特に腰。立ち上がれないほどの激痛が走った。それを見かねた拾刃が布団の上から俺の体を押さえつけた。
「いいよ、おきあがらなくても。風邪なんでしょ?彩刃様がおっしゃっられてた」
――風邪?
腰はいたいが、風邪なんかはひいていない。なにをいっているんだ?
「熱はないね。まあ、昨日丸々寝てたから、なんかたべよっか」
…今日は何日?
「今日は木曜日」
俺の記憶は確かに火曜日で止まっていた。丸一日、俺は寝ていたということになる。
拾刃は「なにかもってくるから、ねてて」と笑顔で言ってから俺の部屋からでていった。
―――俺は、何をした?
フラッシュバックした、あの熱に浮かされた出来事。
キス、主従関係、流れるように、もつれた。
重ねた。手、唇。肌。
圧迫感と、熱。
中で、果てた、…―――。
「お兄ちゃん?」
びくり、と思わぬ以上に方がはねた。
いつのまに、戻ってきていたのだろうか。
「…あ、拾刃」
「まだ寝てる?」
「あぁ、そうする」
「でもおかゆだけ食べてからにしてね」
「ありがとう」
俺は布団に入ったまま、拾刃がおかゆをれんげですくって俺にむけてきたものをそのままくわえようとした。いわゆる、あーん、だ。だがしかし、妹に対して恥ずかしがるもくそもない。そのまま頬張ろうとした、ときだった。
「譲刃、体調どう?」
扉のほうから声がして、拾刃は笑顔で立ち上がった。俺は思わず唾をのむ。
「おかえりなさいませ、彩刃様」
「ただいま、拾刃」
「お早いですね、まだ4時すぎですよ」
「譲刃が心配だったからね、あとは俺がやるからいいよ」
「そうですか、では、おまかせしますね」
拾刃は彩刃におかゆの入った皿を渡すと、失礼しました、といって部屋からでていった。
ぱたん、と扉のしまる音がしてから、俺はつぶやいた。
「自分で食べれます」
「そう」
「こんなことを彩刃様がする必要などありません」
「主人の命令は、絶対」
は、っとした。
何も言えなくなった俺は顎をもちあげられたまま、そのままだまって口を開いた。顎から離れた手は皿と蓮華をつかんで、そのまま俺の口に固形物を流し込んだ。嚥下する。ごくり。
「ごちそうさまでした」
結局、全部食べた。もともとは風邪ではない。まだ少しだけだるいからだと、動けば痛い腰。発せばかすれるのど。
「彩刃様」
「譲刃」
こっちむいて、と言われ顔を上げた瞬間に優しく触れた唇。
「昨日は、接吻をしていませんよね」
「ああ」
「それでも生きているということは、彩刃様はもう体質はないということではないでしょうか」
中に出された、もうろうとした意識の中での確かな感触。
「…そうだね」
否定しない。
じゃあ、やはり、俺と彩刃が寝たということは事実のようだった。
「では、なぜ今、接吻をしたのですか?」
もうする意味などない。
それは、彩刃に有利なことであるのに。
わずらわしいと感じる同性同士の接吻。
掟の解放。関係の消滅。
「言ったよね、」
「何をですか」
まっすぐに俺を見据えるその目が、俺は大嫌いだ。
まるで、刃のような、その目が。
「俺は譲刃との関係が、主従関係だなんて思ってない」
じゃあ、なんだってんだ。
「それ以下ってことですか」
皮肉を含むように、笑って見せた。ただ、笑えてないことは俺にも、彩刃にも簡単にわかることだ。
「なんで、わかんないの」
「…わかってますよ、十分」
「言わないとわかんないの?」
「なにをですか、」
「いわせんな」
ぱたん、扉が閉まる音がして、俺は頭を抱えるしかなくなるのだ。
bkm