一言も口を開かないまま、家についた。
今は口を開いてはいけないような気がしたからだ。ふれてはいけないような気がした。心中で木霊する疑問を口でふさいだ。
なんで、花木は俺にキスしようとしたのか。(それはなんとなく答えはでていたけれども)
なんで、彩刃は怒っていたのか。
なんで、花木の前でキスをしたのか。
ぐにゃりと視界が曲がるくらい沸騰した頭で悶々と自問自答を繰り返した。
家について、俺は自分の部屋へ向かおうとしたとき、彩刃は俺の腕をつかんで、性急に自分の部屋へ俺を押し込んだ。
気が付けば俺は彼にベッドの上へ放り投げられていて、彼は俺の上にいた。
「…彩刃、さま」
口をふさがれた。
今日はもう2回目だ。(つまりはこれは掟から外れたもの、つまりは、無意味)
もう、わからない。
腹が立った。だから、彼の舌を噛んだ。
「何、するんだよ」
「なんで、キスさせたの、花木に」
「なんで怒ってんだよ」
「黙って聞けよ」
「なんで花木の前でキスしたんだよ」
「うるさい」
「いみわかんねえよ」
「意味不明なのは譲刃だ」
「彩刃だ」
「譲刃の主人は誰?」
は、っとした。
ああ、この人はしょせん俺を従者としか扱っていない。それは知っていた。だけれど、こうやって突き放されてしまえば。
「…そうですね」
ああそっか。俺はこの人の従者なんだっけ。
掟とか。東堂とか、灯野とか。運命だとでも俺は勘違いしたかったのだろうか。そう信じたかったのだろうか。俺は、何を甘ったれていたんだ。
どこかで、運命だって信じていた。
この恋は、この出会いは。
でも、この関係を表す単語はそれを一瞬で否定する。
「あなたと俺の関係は、主従関係です」
それ以外の、なんでもない。
「そうだね」
俺の頭上で相槌を打つ彼は、冷ややかに笑っていた。嘲笑。それがまさに、ぴたりとあてはまる表現だった。
けどさ、
彼がそう、口を開いた。
何を言い出すのだろうか、そう思い彼を見上げた。
まっすぐに俺を射抜く、瞳。
「俺はそう思っていないって言ったら、どうする?」
じゃあ、この人は俺との関係をどう考えているのだろうか。
怖くて聞けなかった。
ただのクラスメイト、同居人。そう思われていたら、そのほうが楽なのだろうか。わからない。でも視界は曇った。頬を流れる熱いもの。目じりにたまるそれは、何を意味しているのだろうか。自分でもわからない。あまりにも、突然すぎて。
「譲刃」
優しく俺の名前を呼ぶその目は、刃のようだった。俺を、射抜く。
「ん」
首筋に痛みが走る。彼が、そこに唇を寄せたのがわかった。跡をつけられた、そうわかるけれど彼がなぜそれをするのかはわからない。わからない。わからないことだらけで、
「ごめんね」
そのまま俺は彼に射抜かれた。
だから俺は、ただあえぐしかなかったのだ。
その痛みに、その、甘い痺れに。
朝目が覚めて気づいたことは、彼と寝てしまったという事実だけ。