気がつけば、仲良くなっていた。
あれから彼女とはメールしたり、一緒に帰ったりしている。
そのたびに東堂は、俺と彼女から距離を開けて歩くようになっていった。それは時々のことで、普段は俺と東堂の二人で帰る時、その時はいつも通り横に並んで歩く。無言だけれど。息が詰まる、閉塞感。今まではなかったそれが、俺の肺の中に居た。とっつきにくい、東堂が。
変わったのは、なんだろうか。
メールや学校で。
彼女とは基本的に東堂の話をしていた。昼休みに一緒にご飯を食べたりもしていた。
たとえば、好きな食べ物だとか、歌手、教科、家族構成、テレビ番組。ありきたりなものから、恋愛遍歴、好きな女の子のタイプ。などの恋愛の話。すべてが東堂にからめられていた。最初は正直しんどかった。好きな人の話を、(主人の話を)ここまでおおっぴらに話していいものか。でも、気がついたら楽しかった。思えば、誰かとこういうものを共有したことなかった。東堂がすきなことを誰も知らない。だから、今まで話せなかった。だけど、今では話せる共有できる。はじめて楽しいと思ったかもしれない。しんどかった、でも、楽しい。わくわく、きらきら、しはじめた。
昼休みに会うときは、基本的に会話が誰にも聞かれないような場所へ行く。
「東堂くんが今まで誰とも付き合ったことないのは、意外だよね」
「でも、聞いたことないし」
「うーん、でもすっごくもてるよね」
「男として嫉妬する」
「確かにね」
見れば見るほど、一緒に過ごしたりメールをすればするほど、花木和という人間は完璧に近かった。東堂と似てる。どこか大人びていて、落ち着いている。だけど明るく笑う。しかもすごくきれいに、かわいらしく。
疑問に思うことがあるとすれば、彼女はあまり東堂に接しようとしない。恥ずかしい、と言っていた。それが乙女心なんだろうか。
「私、次の時間体育だから、もう戻るね」
「ああ。今日帰りどうする?」
「一緒に帰りたいんだけどいい?」
「わかった、じゃあ、迎えに行く」
「ありがとう」
そういって彼女は自分の教室へ向かっていた。
俺も教室に帰ろうと思い、弁当箱を持って腰をあげた。
教室に帰ると、俺の席は女子の集団に占領されていた。俺の隣の席の女子の仲のいい友達3,4人が近くの席を借りて話しこんでいるようだった。俺はとりあえず席に弁当袋をおいてから20分以上残っている昼休みを友達と費やそうと思った。
「灯野くん」
俺が机の横についているフックに弁当袋をひっかけた時だった。俺の席に座る女子が俺の名前を呼んだ。
「え、席は使ってて大丈夫」
「あー、ちがう、ごめん」
そういうことじゃ、なかったのか。
「何?」
花木としゃべるようになってから、昔はひとつもしゃべらなかった女子としゃべれるようになった。別に避けていたわけではないけれど。
「花木さんと付き合ってるの?」
「は?」
固まった。
そう思われてるとは思わなかった。まあ、確かに一緒に弁当食ったり帰ってればそうなるのかもしれない。
「違うけど」
「ほんと?」
「うん」
「よかったー」
「…何が?」
「…え?」
「え?」
「……ちょ、ちょっとまって」
失言した。と、言わんばかりのまっさおの顔をしている目の前の女子。周りの女子も顔面蒼白。うそだろ、みたいな顔。その集団ではないものの、話を聞いていた周りのクラスメイトもマジかよ、って顔。
「あーあー、失敗した」
目の前の女の子は顔を両手で隠していた。耳は真っ赤。しゃくり声が聞こえて、泣いているということがわかった。…え?
「ごめん、ちょっとまって、俺何かした?!」
「…してないんだけど、…したといえばしたというか…」
「は?!」
彼女の周りに尋ねると、飛んできた言葉はそんなものだった。
俺は彼女の顔と同じ位置になるようにかがむと、頭をなでた。あやすように、すると周りから叫び声が聞こえた。「きゃー!」と言ったような、男子からも「おおお」とかいう声。ちょっと、まって。まちがえた…?(実際俺は拾刃が泣いた時にするようにやった。それが間違えていたらしい)
「ご、ごめん…俺、何かしたんなら、謝る」
ひっく。
彼女は手のひらで顔を隠すのをやめて、腕で涙を拭き始めた。嗚咽が漏れる。すると、彼女の腕が顔から外れたかと思うと、真正面にあった俺の顔をみた。
「すきです」
涙でまみれるその表情を、どうすればいいか分からなかった。それを、勘違いできる状況ではなかった。それは確かに俺に向けられたものだった。どうすれば、どうすれば。
教室中がとたんに静まり返った。みんながこちらをみていた。異様な光景だった。
「とりあえず、泣きやもうか」
彼女は涙を拭きながら何度も何度も首を上下に動かした。その状況を見た周りの女子が、俺に「ごめんね」と言いながら彼女を連れて教室からでた。俺が、謝らないといけない状況であるには、間違いない。申し訳なかった。ただひたすらそう思った。俺はぼうっと、立っていたが、そのまま教室を出た。足が、ふわふわとして、宙を舞っていたが、心はずしりと重かった。
なんてことをしたのだろうか、俺は思うけど、今更どうすることもできない。彼女が泣いたのも、俺に告白したのも、すぐに学校中に広まってしまうだろう。クラスのみんなが見ている状況ならば、そうなるのも当たり前だ。