「東堂」
くらくらする頭で、彼の名前を呼んだ。
彼は教室で彼と仲のいい友達としゃべっていた。(俺はそいつらとは仲良くない。みんなアイドルばりにきらきらしていて近づきにくい。)
「今行く」
彼は荷物を持って俺の方へ来た。俺もまとめてあった荷物の入るリュックを担いで、ふたりで教室を出た。
比較的静かな廊下で、二人の足音だけが響く。東堂も俺も、基本的にはいつも無言だ。俺も東堂も、この登下校は楽しいものではなくただの義務だ。当主様からの。逆らうことはできない。だから、こうして一緒に帰る。別に共通の話題もないし、だから無言。それは小学生のころからずっとだ。ひたすら、何もしゃべらない。
「あのさ」
「なに」
「花木さんってわかる?」
「ああ、あのかわいい子?」
かわいい子。
ほらみろ。勝ち目なんて最初からあるわけがない。
「一緒に帰っていい?」
「…さっきの呼び出しって、そういうこと?」
みてたのか、こいつ。
「そういうことって、どういうこと?」
「付き合うとか」
「あーちがう。そういうのじゃないけど、一緒に帰っていい?」
立ち止まった東堂。
2、3歩進んでから、俺は振り向いた。ぼんやりとした表情で、窓の外からちょうど校門をみつめていた。それにつられて俺も校門を見ると、彼女が携帯電話片手に立っていた。
「早く行こうか」
待たせたら悪いし。
俺の横をすり抜けていく東堂は小さくつぶやいた。は、っと現実に引き戻された気分になって、俺は小走りに東堂の横に並んだ。
「あー待たせて悪い」
「いやいや、全然待ってないよ、大丈夫」
「じゃあ、行こうか」
俺がそういうと、彼女は一緒に歩き出した。その後ろでつっ立っていた東堂は俺たちの前を歩きだした。三歩ほどの距離をあけて、彼はポケットからipodを取り出したかと思うと、耳につけた。するとそのまま俺は彼女にあわせた歩数なので、いつもより遅い。だけれどもなぜか東堂はそのままいつもより早く歩き出した。
なんで?
「あーごめん。東堂、先行っちゃった」
「いやいや、とりあえず譲刃くんのメアド教えてほしいんだけど」
「おっけー」
俺はポケットから携帯電話を取り出すと、彼女は手に持っていた携帯電話をこちらへ向けた。「私送信するね」と言う。俺はデータを受信した。"花木和"という名前が、俺の携帯電話に登録される。
「色々、教えてね」
東堂くんのこと。東堂に聞こえないように、いたずらが成功したみたいにつぶやく彼女は相変わらずかわいらしかった。
笑って、うなづいた。
ふと、前を歩く東堂を見れば、遠く見えた。いつもより距離が離れているせいなのか、わからない。とおいなあ、そう思った。あれだけキスしたって、これだ。ああ、なんなんだ。嫌になる。辟易する。女々しい自分に。きれいに終わることができない、踏ん切りをつけることができない自分に。