なんだこれ。
ある朝学校に行くと、下駄箱に一枚の紙切れが入っていた。
ルーズリーフを四つ折りにしたそれは、下駄箱の中で上履きの上に鎮座するものの、自己主張の塊のように見えた。
「灯野?」
「あ、今行く」
東堂に声をかけられた。
素早くそれを学ランのポケットに入れた俺は、すぐに上履きを下駄箱から取り出しすのこの上に放りつけた。
放課後、手紙に書かれたように、校舎裏に行った。
「灯野くん」
女の子が俺に声をかけた。
目の前にいた女の子は、同じ学年の女の子で俺だって知っている女の子だった。
―――花木和。
学年で一番かわいいとされていて、男子からも告白が絶えない女の子だった。だけれど彼氏を作らない。誰か好きな人が居るらしいとは聞いていた。
その人がなんで俺に用なんかあるんだ。
「下駄箱にルーズリーフ入れたの、花木さん?」
「うん、来てくれてありがとう、灯野くん」
遠くにいた花木さんは、俺に近づいてきたかと思うと、たどたどしく、口を開いた。
「あのさ、灯野くんって、東堂くんといつも一緒に帰ってるよね?」
「…そうだけど」
そういうこと、か。
「東堂くんと仲いいんだ、って思って、その…」
「…協力すればいい?」
その一言を助け舟のように発せば、目の前の彼女の顔は花が咲いたようにほころんだ笑顔を見せた。
「お願い」
両手を前にあわせた、ぱちん、という音が聞こえる。彼女の顔は真っ赤で、その上とても真剣そうだった。
俺は東堂が好きだ。確かに。とても、とても。だけれども、
「もちろん、協力させて」
「本当?やった、ありがとう!」
目の前の彼女はとてもうれしそうに笑っていた。両手を空に向かって突き上げて、両足で飛び跳ねる。スカートが宙を舞う。髪の毛がふわふわと風に乗ってなびいた。化粧はしていないが、自然と真っ赤になる頬はチークを塗ったようだった。
こういう女の子が東堂にあっていると思うのだ。
東堂だって、うれしいはずだ。俺みたいなでかい男に好きと言われることと、少女漫画から飛び出してきたような、モデルをやってそうなかわいい女の子にすきと言われれば。
そうすれば俺だって解放される。掟から。東堂の顔をもうみなくていい。苦しいのか、うれしいのか。でも彼女ならば東堂を解放してやれるように思った。
「とりあえず、花木さん、俺帰るよ?」
「あ、さんづけとかいいよ。」
「え、あ、じゃあ、俺もなんでもいいわ、呼び方」
「うーんじゃあ、譲刃くんって呼ぶね」
「じゃあ、花木」
了解、と彼は名前のように和やかに笑った。
「そういえば、何通学?」
「ん?電車だよ」
「あ、じゃあ駅まで一緒に行く?」
「え、いいの?」
「もちろん、じゃあ、俺教室まで荷物とってくるから、校門で待ってて」
「わかった」
そういって、俺はそのまま彼女の横を通り抜けて校舎に入る道へ向かった。
(あー、これで、)
彼女は俺のことを見ていないと確信して後ろを振り向いたとき、彼女と目があった。微笑まれて、どうすればいかわからなくなった。
うれしいのだろうか、かなしいのだろうか、わからなかった。
ライバルなんて言うには、おこがましい。
それだけは確かだった。
涙はでないけれど、泣きそうだった。ああ、ああ。