セカンドキス
 言いたいことはたくさんある。
 なんでつかんだ腕を離してくれないのか、そんなに急いでいるのか、俺が名前を呼んでも無視するのか、下の名前を教室で言ったこと、あとは。


 なんでそんな怒ってんの。



 電車に乗って、駅について、いつもの帰り道を急いだ。東堂―彩刃は、腕を離してはくれなかった。つかまれた手首が痛い。


「彩刃さま、…ッ?!」


 家について、玄関の扉をあけた瞬間だった。
 彩刃が俺の胸倉をつかんだと思えば、唇を押しあててきた。かみつくようなものをされるのかと思えば、それはとてもとても優しいものだった。触れるだけのもの。


「…ごめん」


 胸倉を離し、そのまま彩刃は部屋の中へ1人で入って行った。俺はただ玄関の壁に寄り掛かることしかできなかった。あああああ、俺、何かしたっけ。告白みてたのがまずかったか、ああ。もう、どうしよう。気まずい。











「失礼します」

 彩刃の部屋の扉を開ければ、彼は机に向かって何かしていた。おそらく宿題だろう。今日はリーディングの課題が多かった。俺もしないと、まずい。でもその前に、とても気まずかった。どうすればいいか分からない。いつも通り、連絡すればいいだけ。


「夕食の準備ができました」

 それだけ言い終えると俺はそのまま部屋を後にしようとした時だった。

「譲刃」

 机に向き合った体勢はそのまま。俺は話があるのだろうと思い、そばまで向かった。

「なんでしょうか」

 俺が彼の座る椅子の近くでひざまずいた。それを確認した彼は俺のことを椅子に座りながら、覗き込んだ。顔同士が近い。


「すきなひといるの?」


 なんでこの人はこんなにも怒っているのだろうか。従者の俺は、そういうのを作ってはいけないのだろうか。だいたいが付き合えるわけがない。だって目の前の彼であるのだから。


「別に付き合おうなんて思っていません。今まで通り、彩刃さんにお使えするのにはなんら問題はないと思います」
「譲刃」
「はい」
「誰?」


 言えるわけがない。彩刃様です、言えたら苦労しない。軽蔑するだろう。掟すらも嫌がるかもしれない。そうすれば俺の身代わりは妹である拾刃だ。そんなことあってはいけない。拾刃のためにも、二人がキスしてる光景なんて、絶対に見たくない。妹のキス、好きな人のキス。絶対に嫌だ。言えるか。


「申し訳ございません、申し上げることができません」
「なんで?」
「なんでと言われましても、」
「譲刃の主人はだれ?」

 あなたです。

 俺の好きな人は、俺のことを従者としてしか見ていない不毛な恋なので、申しあげることができません。

「彩刃様はどうなんですか」
「質問に答えて」
「では私の質問にも答えて下さい」
「いるけど何」

 なんて言った?



「いるよ、好きな人」




 掟に振り回されているのは、俺だけだったんだ。
 この人は、従者とのそれなんて、"習慣"としか思っていないのだろう。俺が毎日心臓がこわれそうになりながらしているそのキスもきっと、彼に取ったら造作もないのだろう。


 なんで、こんな。


「…誰ですか」
「言えない」
「じゃあ、私も言えません」
「そう」


 掟とは、なんだろうか。


「彩刃様」
「何」
「彩刃様と私の掟を、その人に置き換えることは可能でしょうか」
「なんでそんなこと聞くの」
「彩刃様ならば、その人と結ばれることも造作ないことだと思います」


 彼に落ちない女の子なんていない。なんで、さっさと告白しないのだ。そうすれば俺だって解放される。不毛な恋心は残ったままだけれど、いつか、風化するのを待てばいい。それだけなんだ。だから早く、解放しろよ。


「その人と結ばれて、毎日接吻すれば、私なんていらないでしょう?」


 ああ、お願いだから。



「できるかよ」


 初めて、そんな口調の彩刃を見た。
 怒っていた、とても、とても。
 

 怖い、と、はじめて思った。
 知らない人のようだ。だけどこれが、俺の主人、だ。

 ひざまずいている俺の顎をつかんだかと思えば、噛みつくようなキスをされた。
 自然と涙がでた。なんで、このタイミングでキスすんの。掟とか、キスとか、従者とか、主人とか。今日はもう1回した。じゃあ、これは何のキスだ?どういう意味のキスだ?意味のないものだ。彼はもう忘れてしまったのだろうか、さっき玄関でしたもの。ああ、2回目は意味がない。掟でも何でもない。分からない、なんだ、この、キスの意味は。


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bkm


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