無自覚
 譲刃は基本的に、自覚がない。



「ごめんね」
「いえいえ、分かっていたことなので、東堂君、わざわざありがとう」
「じゃあ、俺帰るね」

 確か隣のクラス女の子だったような気がする。目の前の女の子は泣きそうな顔をして俺を見つめていた。俺はその子に背を向けて教室へ向かう。

 朝、学校に着くと下駄箱に手紙が入っていた。今日の放課後、校舎裏に来てください。そんな手紙が多くて月に5回くらい。同級生や先輩、後輩。そういうのは構わなかった。

(俺はただ、断るだけ)


 俺と同じくらい、女の子に色目を向けられているくせに、譲刃はそれが一切ない。どことなく譲刃は女子からすると話しかけにくいらしい。色恋沙汰を嫌煙している。告白なんてした日には嫌悪される。だから、譲刃はそういうことに絡まれない。そのくせにもてる。そういうガードが固いのだ。

(自覚してほしい)

 向けられている目に気づいてほしかった。

 もちろん、俺が譲刃がどのように見ているか、それを分かってほしかった。

 まあ、譲刃は基本的に鈍い。大人びている癖に鈍い。

(溜息しかでない、)

 ああ、早く帰ろう。


 教室に着いた時だった。三階の教室練の廊下に入った時には気づいていたが、どこかのクラスがうるさい。そしてクラスの前に着いた時それが自分のクラスだということだ。
 教室の扉に手をかけながら中をのぞけば、譲刃の席あたりに残っているクラスメイトが固まっていた。なんの話をしているのだろうか。


「あ、東堂」

 クラスメイトが俺に向かってそう言った。

「断った?」
「まあ」
「流石だなあ、難攻不落の王子様」
「ははは」

 なんだ、難攻不落って。
 

「あ、そういえばさ、灯野の――」
「ちょ、」

 譲刃が席から立った。めちゃくちゃあわててる。あわてる姿なんて、家でもそんなに見ないからなんだかめずらしいなあ、と思っていれば、俺の頭がたった一言でまっ白になった。


「好きな人知ってる?」


 そりゃあ、出会ったばかりのころとは違う。気がつけばもう高校生だ。掟なんかに振り回されることなくそういう感情を持つ。誰かにとがめられることであるわけではない。でも俺はその掟に振り回されるしかないのだ。そういう行為をしていると意識してしまうしかないのだ。だから、彼を意識するしかないのだ。だから、


 独占欲?


「ごめん、知らない」
「だよなあ、あいつ口開かないんだもん」
「そう」
「…東堂?」

 なんか、怖い顔してんだけど?

 そう言われた時には、俺は自分の荷物を持って、譲刃の方の腕をつかんでいた。


「譲刃、帰るよ」


 目を大きく見開いた。
 なんで、と言わんばかりの表情。俺はそのまま譲刃の荷物を持った。腕を引っ張る。待って、なんて声は無視。教室を出た。ああ、俺、なんでいらついてんの。分かってたことだ。そんなこともわからないなんて、ああ。


 掟なんて、くそくらえ。


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bkm


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