幸せになりたいんだ
 ある日のことだった。

 姉がいつも通り、「湊これおもしろいよー」なんて言いながら、あたりまえのように、AVを渡してきた。

 姉は俺に漫画や小説、ゲーム、アニメ。そのような二次元と呼ばれるもの以外にも、邦画、洋画。それらを俺と共有して、共感してもらいたいらしく、自分が読んだりプレイしたものを俺に強要してきた。そして今回も、AVを強要してきた。流石に、AVははじめてだった。正直、びっくりした。(18禁エロゲーをおしつけられたことはある)教師と生徒と書かれたタイトル。制服の女の子が、パッケージにはのっていた。

(…AVをなんで女が持ってんの…?)

 こんなことが何度かあった、が、姉はみないとうるさいので、みてみることにした。それに、姉が俺に押し付けてきたものは、だいたい、おもしろい。趣味や感性が似ていることもあるのだが、ハズレはなかった。(AVにおもしろいもくそもないのだけれど)

 疑問を抱えつつも、俺は、DVDをパソコンに挿入した。



「…なにこれ」

 予想以上につまらなかった。これ、はじめてのハズレじゃない?それくらい、つまんない。とりあえずかわいい女の子が制服や体育服で股開いてるだけ、あとはヘッドフォンごしに、きんきんうるさい喘ぎ声が聞こえてくる。
 とりあえず、見るに堪えれなくなり、DVDをパソコンから抜き取った。で、俺はそのまま、宿題をしようと、勉強机と向き合おうとした時、部屋の扉が開いて、そちらを向いた。

「あれ、まだ見てない?」

 姉が部屋に入り込んできたかと思えば、そのまま、当然のように、俺の部屋の真ん中においてある、座布団の上に座り、机に肘をついた。

「あれつまんなかったんだけど」
「え?そう?中3男子なら楽しめると思ったんだけど」
 なぜかゴミ箱の中をみた姉は、ティッシュないしなあ、なんて、わけわかんないこといいはじめて。

「俺勉強するから、これ返す」

 パッケージにいれたAVを姉に手渡そうとした時、面と向かって、言われた、ひとこと。


「勃たなかったんだ?」


 手から滑り落ちた、AV。それを拾おうとするも、おかしいくらいに、一瞬で膝が笑い始めた。


「大学の時の男友達に、やばいくらいヌけるAVない?ってきいたら、くれたAVなんだけど。不能だったかな?」
「…どういう、つもりだよ」

 にやり、真正面でニヒルな笑みを浮かべる、姉は、まさしく、魔王だ。魔女だ。悪魔だ。
 いつもならば、その横暴さ加減にその言葉を使うのだが、今日は違う、こいつ、なんで、見透かしてんの?俺すら気づいてなかったことを、気付いてんの?



「か・ず・さ・ちゃ・ん」

 

 あは、

 無駄にグロい漫画にでてくる、殺すのだいすきな殺人鬼みたいな、笑み浮かべてる、目の前の、姉。なんだ、全部、しってんのか、気付いてなかったのは、自分自身だけだったのか。

「なんで、しってんの」

 もう、姉をみる気力なんてなくて、天井を見上げながら、そう尋ねれば、彼女は、俺の目の前に立っていたのだが、俺のベッドの上に、どかり、と、腰をついた。
 そして、溜息をひとつつきながら、ゆっくり、口を開き始めた。


「和紗ちゃんのお姉ちゃんと、同級生だったから、まあ、それなりに仲良かったわけよ。それであんたと和紗ちゃんが付き合ってるって聞いて、じゃあ、あたしたち将来親戚?とか言ってたのよ。そしたらある日、お姉ちゃん経由で、和紗ちゃんと会って、話聞いたの。別れたんです、って。きっと私のこと最初から湊くんは好きじゃなかったんです、だって。それで、ちょおっと、思ったわけよ。そういえば、いままでもヌきゲー渡してたけど、あいつ、ヌいてたっけ?もしかして、とか思っちゃったわけよ。あたし腐女子だから。BL大好きだから、そういう可能性を最初に考えちゃったわけよ、そしたら、ビンゴだった、そんだけ」


 姉は全部言い終えると、杞憂で終わればどんだけ楽だったか。なんて、小さくつぶやいて、俺の方を向いた。「湊」なんて、俺のことを真剣に呼んだりするもんだから、もう、ことの重大さに気がつけさせられて。

「…、あ」

 震えが止まらなかった。

 彼女を傷つけてしまったのは、俺が、自分のことを、よく理解していなかったからで、理解していれば、最初から告白なんて蹴っていたわけで。除除に好きになるだろ、なんて、なんで、そんなこと、暢気に考えていられたわけ、自分、ああ。もう、なんで、こんな、ちっちゃいことで気付くんだよ、俺。



(最初から、すきじゃなかったんじゃなくて、)



「…すきになれなかった、ってこと、か」


 涙は出なかった。きっと、自然と、心のどこかで、その事実に気づいていたからだ。少女漫画を読んで、男の子に憧れる感覚。町を男女が手をつないで歩いていると、自分はきっとああはなれないだろう、と、思ってしまったり。


 幸せに、なれっこない、そう、思ってしまったり。


 直感。
 それは、いかに正しいか、実感させられた。なんで、今、こんなことを気付いたかといえば、きっと、誰も好きになったことがないからだ。すきになるとすれば、男の子なんだ。自分と同じ性別の、同じモノがついた、男の子。


「俺、女に、勃たたない、ん、だ」


 どうしよ、姉貴。

 精一杯、笑ってみるけど、もう、喪失感しか、ないよ。姉貴の顔をみることができない。俺よりも先に気づいて、嘘であってほしい、ただの杞憂であってほしい、そう思っていたはずだ。それが、本当になってしまった。ああ、ごめん、姉貴。

「ごめ、ん…」
「それを、和紗ちゃんに言うべきなんだよ、湊」
「ああ、わかってる、」
「もう、考えたって仕方ない、それは、事実なんだから。…だからさ、提案なんだけど」
 提案…?
 振り向けば、姉は、いつになく真面目な顔で言った。



「桜ヶ丘、行く気ない?」




 私立桜ヶ丘学園。
 有名な、私立校だ。山の中にある、金持ち学校。

 ―――全寮制、男子校、だ。


「そこなら、湊は、自由に恋だって、できるかもしんない。あんた、外見いいし、性格だっていいし、ぶっちゃけいうと、理想の男子。だから、普通の共学の高校に進学すれば、きっと、同じこと、繰り返すだけ。そんなの、いやでしょう?」

 こんな真面目な姉をみたことがなくて、気がついたら、俺は、そんな姉の目に惑わされて、うなづいていた。

「い、く」
「うん、」
「そこ、いくわ、俺」

 
 幸せになりたいんだ。少女漫画の男の子のように、自由に恋して、青春して、いいな、って思うんだ。だけど、俺は男の子を好きになる、人種で。もう、和紗みたいな女の子はいてほしくなくて、だから。だから。


「いくよ」


 ありがとう、姉貴。
 ごめん、



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