「どきどき?」
「うん、どきどき、する」
中学2年生の時、はじめての彼女ができた。ふわふわしていて、全部全部がかわいっくて、自慢の彼女だった。柊和紗、名前までもかわいくて、俺は彼女のことを「和紗」と呼んでいた。
彼女が俺に告白して、なんのためらいもなく、返事をした。もちろん、了承の意味。
大好き、だ、って、疑わなかった。彼女のことを、好きだって、思っていた、はずなのに。
「手、つないでるから、どきどきするー」
「そう?」
「うん、だって、湊くんの手だもん」
ふふふ、と、俺の手を握って笑う彼女の顔は、花が開いたように笑っていた。
"手をつなぐとどきどきする"
昔、姉に押し付けられた少女漫画でもそんなシーンはあった。女の子の胸が早鐘を打ってるシーン。いつだってそう考えているときの女の子の顔は、かわいくて、現実でもやっぱりかわいくて。
(…手を、つなぐ。どきどき。する、?)
わかん、ねえ。
その気持ちが、当時の俺にはどうしてか、さっぱり理解することができなかった。
あのきらきらした気持ちを、その時、共感できるはずだと思っていたのに、できなかった。でも、それでもこれは恋だと思っていたから、信じて疑わなかったから。だから、そう思わないのにも何も感じなかった。キスして、無感動だったことにも、すきということにも、言われることにも、ためらいなんてなかった。罪悪感もなかった。
むしろ、
すべてのことが漫画の中でのことのようだった。自分のことではなく、漫画の中での、出来事。AちゃんとBくんの出来事。
その無感動さに、早く気がつけばよかった、だけ。
彼女の名前を口内でつぶやけば、甘ったるい響きを持ってもいいはずなのに、俺の口内は苦いままだった。無味無臭。だけど、ひどく、苦い。
俺の下で身じろぐ、彼女。喘ぎ声。甲高い声。膨らんだ胸に、白い肌。長い髪。長いまつげ。大きな目。
きれいなラインを描いた四肢。
彼女の中に、薄い膜一枚を伴って、入ろうとした、時だった。
「なんで、萎えてんの?」
そう言われるまで自分でも気付かなかった。ああ、たってない。なんで。頭の中でそう、つぶやくが、答えはもうすぐそこまできていて、でもそれに気づきたくなくて、それを無視したくて。でもできなくて。だからこそ萎えちゃって。ああ、もう、なんなん、だ。なんで、なんで。なんで。こう、なん、の。
いみ、わかんね。
「ごめん」
君に向かって突き刺さったその言葉は、君の火照った心を覚ます、一級品の言葉に、違いないんだ。
彼女の中に入ろうとした時、「ああ、だめだ」そう、思った。何がだめなのか、わからない。でもだめだと思った。生理的にとか、そういう意味で。ああ、気持ち悪いとさえ思った。何がどうして、そうなって。彼女を気持ち悪いと思ったのか、だめだって、生理的にだめだって思ったのか、わからない。
あれだけ、自分と彼女が並んでいる姿を、無感動に見つめることができていたくせに。
これほど簡単なことに、気付けなかった自分に嫌悪さえする。簡単なこと。へたすりゃあ幼稚園児だって簡単にやってのける、ただの判別。「すきか、きらいか」
(。きっと、彼女のことをはじめから自分は、すきじゃ、なかったんだ、。)
もう、1ミリも体を動かす余裕なんてない脳みそ。自分だけが自分の部屋のベッドに転がった状態で、その部屋に居た。