初衝突
 廊下に響くのは、自分の靴の音だけ。上履きのきゅ、きゅ、という音だけがノリウムの匂いのする広い空間に木霊した。
 さすがに、頭のいい高校なだけあり、授業をさぼる生徒はいない。俺だけがぼんやりと、廊下を歩いていた。

 ふと、校舎の奥まで行ったときに、窓の外に古い建物があるのをみつけたので、俺はなんとなくそちらの方向へ向かった。



(…きたないな)



 どうやらその建物は旧校舎らしく、ほこりをかぶっている。なぜ取り壊されなかったのかが不思議な木造建築の小さな建物。自分たちが普段勉強している校舎とは異なり、ぎぃぎぃと音を立てるその建物。

 どこへいくでもなく、足が向かう方向へ進んだ。自然と向かう足は、奥へ、奥へと進んでいく。一つしかない階段をあがって、一番奥の部屋についたときだった。



(あ)



 ほこりをかぶった本棚が壁に並ぶその部屋の窓際、カーテンがその風でなびき、木漏れ日がさす。



 ―――人が、寝ていた。




 黒い髪が揺れる。
 光るメガネ。

 窓の後ろから漏れる、桜の花びらは桃色。
 黒色が生えるその薄桃色に、彼は溶け込んで、消えそうで、淡かった。だけど彼は確かにそこにいて、当然だがそこにしかいない。強い線を持った彼の実像は確かにそこに存在しているのだ。


 きい、と、自分のかかとが跳ねるのと同時に、床のきしむ音がした。廊下から、扉をすり抜けた。小さな教室に入り、俺は彼に近づいた。一歩、一歩。無意識に、慎重に。きしん、きしん。まるで跳ねるように、リズミカルに、床は音を奏でた。


 彼の前に立った時、俺はしゃがみこんで、彼と同じ目線になった。髪の毛に乗った淡い桃色を、俺は指でやんわりとはねのける。


 たった、それだけ。俺からすれば、1ミクロンほどしか触れてないように感じる。細胞と細胞が接しただけ、ただそれだけ。彼は、ゆっくりと長い睫を揺らしたかと思えば、目を開いた。

 開かれた瞳孔が揺れた。ああ、ああ。
 その目に、その黒い中に、俺は映っているのがわかるくらいの至近距離で、彼は。



「…近い」


 物理的な距離のことを最初に口にした。


 そういわれて俺は、三センチほどの距離しか、彼とないことに気が付いた。あ、と思って、固まった。が、その後一瞬ではっとなって、気が付いた。でも、何もできなかった。


「…誰、あんた」


 まばたきをした。


「え、っと」
「なんでこんな至近距離にいる?」
「…き、気が付いたら、です」
「…は?」
「……はい」

 なんとなく、だった。
 本当に。


「…ところで、聞いていいですか」
「何」
「その制服、もしかして中学生?」
「なんか文句ある?」
「ないです」


 なんで中学生に敬語使ってる俺と、高校生の俺にタメ口使う中学生がいるんでしょうね。というか、この状況はなんだ。自分が作っておいて、意味が分からん。


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bkm


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