「ばいばい」笑顔。
 卒業式の帰り道。

 中学校自体は徒歩圏内であるものの、友達と一緒に卒業おめでとう、ということで食べ物を食べに行った。その帰りに、電車に乗った。友達はみんな違う路線で、俺は一人で、平日の昼間ということで、それなりにすいている電車で、難なく席に座ることができた。ぷしゅ、う。気が抜けるような音とともに、目の前にあった扉はしまり、窓の外の風景が徐々に加速し始めた。それを、ただただ、無感動に見つめる。

 卒業なんて実感なんて沸かない。
 確かに、俺はみんなと違って、私立の全寮制男子校だなんて、ばかげた高校に入って、仲のいい友達は普通に公立の共学校で。同じ陸上部の奴は、陸上の推薦で有名な学校に行った奴だっている。「小野寺推薦蹴ったのなんで?」そう聞かれて、俺はただ笑うことしかできなくて。

 それなりに、楽しかったはずなんだ。だけど、後悔しかなくて、ひっかかったまま、で。

 冷たい空気が、俺のほほをすり抜けて、ふとうつむいていた視線をあげれば、電車が駅に着いたらしく、何人かの乗客が電車をでて、いれかわるように、何人かの乗客が乗り込んできた。ぼう、っと、ただ、それを、眺めて。


「、え」


 思わずもれてしまった声。


「…小野寺くん」


 中二。自分の部屋、彼女の泣き顔。ひっかかったまま、あの日。



 和紗、―柊が、目の前にいた。

 

 彼女は、俺の隣に座った。
 席なんていっぱいあるのに、なんで、俺の隣にわざわざ座るんだ。顔だって見たくないはずなのに、にくい、はず、だ。


「友達と遊んできたの、小野寺くんも?」
「ああ」
「そっかー」

 彼女の方へ、視線を傾けることができないまま、自分の足元をただみつめた。無感動に。あのときと同じように、ぼうっと、ただ、ひたすらに。

「ねえ、小野寺くん」

 声のトーンが、

「第二ボタン、くれないかな」


 え?


「あ、」

 彼女が声を、薄い唇から漏らして、次の瞬間、久しぶりに、その表情を見た。きれいだと思った。なんで俺に、まだ、そんな表情なんかわけてくれんの、ねえ、なんで。


「やっとこっちむいた!」


 そばでみていた、笑顔だ。



「…なんで、」

 彼女は、少し首を傾けて、考えるようなそぶりを見せる。うーん、唸りながらも、彼女のその表情は、明るくて。


「小野寺くんの笑顔がすきだったから」
「…おれの、」
「うん、だから、やっぱり笑ってほしいから、私も笑う」

 あと第二ボタンはいらないから。冗談だからね。そう付け足した彼女を見て、ああ、もう、なんで、女の子ってこんなに強いんだ。けなげで。けなげで。



「なあ、」
「何?」
「ごめん、」

 一瞬消えた、表情。うつむいた彼女。たれ下がる真っ黒なストレートヘアのせいで、彼女の表情は見えない。分からない。知らない。だけど、ちいさくちいさく、つぶやかれた、言葉。


「…おそいよ」
「ごめん」
「小野寺くんって、すっごい、臆病で弱くて、脆いよね」

 付き合ってた時、全然知らなかった。強くてかっこいい小野寺くんしか知らなかった。でも、私が知ってる中の誰よりも、弱いんだね。

「許してもらうなんて、おもってない」
「安心して、許さないから」

 当然だ、そりゃあ。そうだ。滲む視界をどうにかしてしまいたくて、天井で光る、照明のせいにした。めがくらんだせいにした。




「しあわせになんないと、ゆるさない」




 電車は、止まる。
 透明の板を通した先の風景も、止まる。
 心臓が、とまり、かけて。
 でも心音はやけに大きく聞こえて。

 彼女のぬくもりが隣から離れたかと思えば、目の前で、彼女はひょうひょうと、わらってみせるのだ。俺が、きっと、すきだと錯覚したその笑顔。


 扉が開いて、空気の抜ける音がして。人が歩き始めて、彼女が無言で俺に向けて手を振るから、


「ばいばい」


 さよならも、またね、も、言えない、言わない。



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bkm


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