先生は何もしてこない。
付き合って1年になるものの、俺は受験生で先生は先生。
その関係性に、恋人というカテゴリーが追加されただけに過ぎない。しかも今は俺は受験生、あと半年と少しすればセンターが待ってる。そしてまだ、大人ではない、高校生。だから三十路まえの先生が俺に手を出せば犯罪にもなる。だから真面目に健全に、スローペースでただただ、会話するだけ。一緒にいるだけ、そういう、恋。少女マンガみたいで、プラトニックでいいかもしれないけど、俺は本当に先生に好かれているのか時々不安になる。先生はノンケだから、俺みたいなガタイのいい男とキスしたりセックスしたりするのを気持ち悪いと思っているかもしれない。そう思うと、ぞっとする。先生の時間を無駄にしている。怖いのだ、ひどく。先生はかっこいい、だからもっときれいな女の人と、付き合えばいい、恋をすればいい。俺なんかただの寄り道なのだ。だから、いつかは捨てられる、飽きられるのだから、ここらで潮時なのだろうか。好きなのは俺だけ。それが続くのは1年でちょうどいいのだろうか。
「かえろー」
「俺日誌まだ終わってない」
「じゃあ待ってる」
委員会を終えて日直の仕事をしていた俺は、一人教室に残り日誌を書いていた。その時、部活帰りの友達が教室に入ってきた。
「先かえってろよ」
「まだ明るいし、一緒に帰りたいから残ってる」
「なんか悪いな」
「全然、宿題でもしてるわ」
俺の机を半分使って向かい合って、お互いのことをする。
夕焼け時で、オレンジ色の光が、彼の黒い髪の毛を照らしていて、ひどくきれいだと思った。
しばらく、黙ってお互いのことをしていると、ふと視線を感じて顔を上げると、至近距離に顔があった。
「なに」
じぃ、っと見つめてくるその瞳に飲み込まれそうだった。頬に自然に添えられる手を拒めない。近づいてくる、唇。あ、やばい。
三センチの距離の中、唐突に扉が開く音がした。
先生だ。
「せ、」
先生、そう発しようとしたときに、先生は近づいてきたかと思ったら、強引に俺のうでを引いた。引き込まれたからだ。重力、背中にのしかかるように。Gに逆らうように、先生の胸板に俺の少し茶色く染まった髪の毛は着地した。
「こいつ、俺のだからごめんな?」
「…うぜえ」
先生とやつがどんな表情をしているのかはわからない。でも、安穏とした空気ではないことは間違いない。気が付けば、俺の荷物を持った先生に腕を引かれて、教室を出た。いつも通りの道をたどり、ノリウムの廊下を二人分の足音が早く、響く。社会科教諭室の扉を先生が乱暴にあけると、俺はそのまま椅子に座らされた。目の前で立つ先生は、心なしか、怖い。
「最近、どうしたんだ」
「…何もしてないですよ」
「来ないじゃないか、ここ」
「受験生なので」
溜息をつく先生。
「ここで勉強すれば」
「先生に迷惑じゃないですか」
「迷惑?」
顔をしかめる先生。(こういう困った先生の表情がすき)
「先生」
きっと、おれだけがすき。先生は俺を生徒としてしかみていない。だから、最後に一つ言いたかった。
「ちゅーしたいです」
手をつなぐことさえしない、俺たちの関係は恋人なのだろうか。プラトニックとは、どこからどこまでがそれに該当するのだろうか。俺たちのそれには恋心は、あるんだろうか。わからないから、俺は聞く。先生はきっとそれに答えないけども。
「卒業するまで、まってくれ」
「今、してください」
「だから、」
「先生と俺の関係ってなんですか」
俺だけの思い込み?
先生は、椅子に座る俺の前に、ゆっくりと跪いた。何をする気なのかわからないけど、俺は先生をじっと見た。先生も俺の目を離さなかった。
「手、貸して」
「ん」
手を出した、手のひらを向けた手を、優しく、ガラスを扱うように、甲を上に返された。
優しく、唇が乗ったのがわかった。ふわり、小さな、瞬間、それ。
俺がその一部始終をみていたのは当たり前なのだが、先生は真っ赤になったかと思えば、手のひらで顔を覆って笑った。
「これで、勘弁して」
これ以上したら、押し倒しそう。
ああ、かわいいな、この人は。全身で、俺を好きだと言ってくれてるような気がして、体中がぽかぽかして。
「はい、我慢します」
卒業するまで、これだけで、先生が俺を好きだって、ずっといてくれるって、証明してくれるような気がした。