♪、歩幅にのせて
 帰り道、iPodで流れる曲をリズムに、俺の歩幅は動き出す。
 部活終わりの俺はバドミントンのラケットをかつぐ。歩くたびにとす、とす、とす、とそれは音を立てて弾む。アンダンテ。

 今日の部活は疲れた。
 引退した先輩が受験の息抜きに練習に来てくださった。試合をすればぼろぼろに負ける。なのに、負けたらフットワークを増やされた。きっつい。
 あーあ。帰ったら寝よう。足が棒になりかけたまま、俺は家までの道を歩く。

 頭の中を流れるロックサウンド。ドラムの音ががしゃんがしゃん、と響いた。走りたくなる衝動。弾みたくなる衝撃。それでも体には疲労感しか残っておらず、俺はただただ歩いた。


 ふと、遠くのほうに男女が見えた。あーリア充うぜえ。と内心思いながらも、ガン見。一人は俺と同じブレザーで、もう一人は近くの進学校の女子の制服。
 こういう時はなんとなく、横を通る瞬間が緊張する。俺は一人なのにあっちはリア充。たとえるなら、家族と外食に行ったときに友達同士がいる感じ。あの、きまずい感じ。の、軽い版、みたいなのが俺を襲う。ああ、もうやっだなあ。俺はうつむきながらiPodの音量をあげた。音漏れがするくらいに、強く強く、重低音のベースの音を鳴らす。

 横を通る寸前の瞬間だった、視線を感じて、横を見た。


(、あ、れ)


「あ」
「あ、やっぱり」


 同じ制服の男子は、クラスメイトだった。

 俺は思わずヘッドフォンを片方だけ外して、彼の言葉に耳を傾けた。


「部活?」
「ああ、お前は?」
「かあさんに買い物頼まれて、スーパー行くとこ」
「そっか、邪魔してわりいな」

 じゃ、俺帰るから。

 無理やり俺は片手をあげて、そのまま彼から視線を外した。そのあとに女の子と目があって、軽く会釈をしてそのまま俺はもう一度ヘッドフォンをはめ直した。


 流れる音楽はデスメタル。ボーカルが痛いくらいに叫ぶ。うるさい。重低音。うるさい。うるさい。ああ、もうなんなんだ。マジで。

 アンダンテ。刻む、リズム。歩くのをやめた瞬間、目頭が熱かった。
 乾いているはずのコンクリートに落下する、透明。

 色が変わったコンクリートを見て、俺はもう笑うことしかできなかった。



 ただただ、俺は普通の男子高校生。
 少し、違う。
 俺はゲイだ。


 たった、それだけ。それだけで、こんなにも、こんなにも。卑屈になれる。マイナスになれる、鎮める、自分の境遇を呪える。自分が、大嫌いになれる。たった、それだけ、でもそれは、十分なのだ。


 勝手に好きになる、男を。勝手に失恋する。女がいる。ああ、ばか。


 ばーか。










「はよ」
「おす」

 朝、学校に行けば、あいつは隣の席。
 昨日の帰り道の光景が毒電波を放つ。

 顔を見れないまま、俺は数学の宿題をするフリをする。実際は内容なんてもんは頭に入らない。


「あのさ」
「なんだよ」
「彼女いるならいってくれりゃあ、よかったのにてめー」

 みずくせーぞ、と俺はできるだけ笑ってみせる。
 祝福しろ、心の底からうらやましい、リア充爆発しろ。冗談で言う雰囲気を、作れ。そんなもん、実際これっぽっちも思ってないけど、これが俺のいつものあきらめる方法のひとつ。だから、ああ、のろけてくれりゃああきらめつくし、ああ、頼むから。



「ああ、あれ、幼馴染」

 は?



「彼女ではない」
「…あ、そう」
「うん、なんか、ごめん」
「いや、こっちのが悪かった」
「でもさ」
「ああ」
「すきなひとはいるかな」
「…へ、へえ」
「誰とかきかないの?」
「え、じゃあ、誰」
「おまえ」
「御前さん?ああ、かわいいよな」
「じゃなくて」


 なんで、わかんねえかな。


 そういいながら、ふれたくちびる。


 教室にいる人は少ない。幸い、こちらをだれもみていなかったらしかった。けどさ、どういうこと。これは。なんだ。え?え?




「おまえだよ」





 まっすぐに見据えた瞳からとっさに目を背けたら、こら、と小さな声で呟かれて、彼の瞳を直視する。

 きれいな、茶色。プリズム、輝く。




 昨日泣かせて悪かった。と、彼は俺の頭を撫でた。見られていたのか、と赤面する頬。



「おまえ、俺のこと好きだって、全身でだしてるから」


 すきになった。



 あああああ、なんだこれ。なんだこれ。どこの、少女漫画だってんだ、ああ、もう、だいすきだ!


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