「ひとりでおとなになろうなんて、むりだよ」
夜のにおいがする空気は、どうしても教室には不釣り合いなものだと、私は内心で、そう、思った。窓際で、携帯電話の明かりだけを頼りに、私と会話する彼は、その明かりを見下すように見ていた。
中2病?高校生にもなって?あー、きもいんだけど。彼を心の中でそう、罵倒してみるけど、それを口にする勇気なんて、私にも毛頭ないんです。
「出会い厨乙って、いいたい?」
「要約するとそうかも」
クラスで優等生の私には、友達なんてものはいなかった。だからといって、いじめられているなんて、そんなわけではなく、いわゆる空気扱い。まるでいないかのような扱いを、私は、クラス中から受けていた。それを、どうでもいいって一蹴できるような強い心は、私は持っていないよ。できることなら、そんな強くてかっこいい漫画の主人公のような女の子なら、良かったのか。私は、そんな、器用にできていない。ひとりはいやだよ。
私の一番身近にあったのは、どぎつい色をちらつかせた、ショッキングピンクの携帯電話。それさえあれば、世界中の人ともつながっていられるような感覚。間隔?陥った罠。
ネットだけの彼氏をとっかえひっかえ、くりかえして。結局、すぐにわかれちゃって、はいおしまい。結局は、私はずっとずっと一人なのよ。生身?もうそんなの、平衡感覚失ってる。毎晩毎晩、携帯電話で、ばかみたいなメールの繰り返し。でも、それくらいしていなくちゃ、やってらんないよ。もう、限界だ、から。
「一人で大人になるのは、無理だよ」
「ひとりじゃ、な」
「ネットだけの、友達?」
「友達は、友達」
「うすっぺらいね。モニターの向こうだけのオトモダチ」
「うすっぺらい、なんて、あんたが決めることじゃない」
「じゃあ、そのオトモダチの目をみることはできるの?」
「写メだって、ある」
「触ることはできる?手を握って、抱きあって、キスしたり、そんなことは、たとえ彼氏でもできるの?ねえ、できないよね」
「うるさ、」
「すきって、ただの二文字が、携帯電話に映ってるだけ。それでいいの?ねえ、君は、」
ネットでたまたま知り合って、会うことになって、それが、クラスの男子だった。私は、そうやって、なんで、説教されてんの?
「虚勢はって、つかれないの?」
やってらんないから、虚勢、はってんの。ひとりはいやだよ。ひとりは、いや、だ。
「ひとりは、いや?」
「べつに、」
「君が、ただうなづいてくれれば、僕は、そばにいるよ」
生身の僕として、そばにいるから。
「ねえ、本当に君は、」
「…、あ、」
目の前の彼は、私のケータイをへし折った。二つに割れて、機械が丸裸になったそれを、彼は、窓の外――星空に放り投げた。暗闇の中に、溶け込んで、落下するそれを、私はただ、無感動に見つめるだけ。
「ひとりは、いや?」
もうすぐ、年齢的に私たちは、大人になってしまうけど、まだまだ、私は未熟なままで、一人で大人になるなんて、できなくて。できなくて。一人は嫌だよ。さみしい、ひとりぼっち、とりのこされるのは、もう、いや。だから、
「そばにいて」
伝う涙を、隣にいた彼が、温かな手で、ぬぐった。
触れた温度、ああ。ああ。ああ。
タイトルおよび詩や表現抜粋など
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