二乗して君になる方程式
 どうでもいい話をすると、俺の幼馴染は腐男子というやつだった。暇さえあればケータイひらいて、にやにやした顔で活字を追いかけていた。気がつけば、授業中だって、どんな移動時間だって、些細な時間をそれに費やす時もあれば、何もせずぼうっとしているときもある。「今日はBL読まねえの?」と聞けば「めっちゃ萎える小説あってさぁ、それ以来なんか、気が乗らない」とりあえず、気分屋だった。

 そんな幼馴染の隣に俺はいつだっていたし、幼馴染は俺の隣でBL小説をよんでいた。腐女子のクラスメイトときゃいきゃい騒いだり、友達の男子を総受けにしようとしたりだってした。そんな時はいつだって、疎外感。隣にいるのは自分だって、自分だけのはず名なのに。(けれど彼は猫のようで、いつだって俺の隣に戻ってきたから。喧嘩しても、すぐに、もどってきたから、)


「全寮制の高校行くわ、俺」


 握りしめたこぶしを、君に振りおろせればよかった?










 俺は幼馴染の彼のように頭の出来はよろしくなかった。当然、全寮制の男子校(金持ち用)なんて偏差値がまったく届かなかった。届かなかった。だから、あきらめたし、そこまで彼に執着する必要なんて俺にはなかったし、彼も俺に執着する必要なんて、なかったのだと思う。

 気がつけば夏休み。

 彼の隣にいない生活の中でも俺は友達だって作ったし、人づきあいだってよかったはずだ。隣に住む彼が、窓を飛び越えて俺に「男前受けはもえる」だのなんだの言ってきた、中学校の生活がひどく遠く思える。

 8月のことだった。

 部活もしてない俺は、高校で作った友達と家で、友達が買ってきた新作のゲームをすることになった。友達が来る時間になって、ピンポンがなって、扉を開けば、予定の人数よりも多い人数がそこにいたのだけれど。


「…え、なんで」
「いや、コンビニ行く途中に会って、矢井田ん家でゲームするんだけどって言ったら、来る、って」
「矢井田くんはろー」
「まあ、いいけど」

 友達が女子数人と一緒に玄関に居た。同じクラスの女子何人かと、男子数人。これなんて合コン?そんなツッコミはあえてせず、何も気にせず、全員を部屋へいれた。




「俺ちょっとコンビニ行ってくる」

 ベッドにすわって、テレビのモニターをみていた横で、俺の横で声がした。

「あたしも行くー、アイスたべたい!」
「え、じゃああたしもアイスかいにいく!ほら、いくよー」

 じゃあみんなで、そう言おうとしていると「矢井田くんと、花は残っててー」と、女子の声がした。なんで、よくわかんねえんだけど。首をかしげながらも別段とがめることはせず、花、――花崎と部屋で二人きりになってしまった。

 しゃべったことはあるし、女子の中では仲のいいほうだと思うけれど、どうも、自分の部屋で二人きりというシチュエーションはどうにもこうにも緊張する。

「花崎、ゲームできないよな?」
「あー、うん。矢井田くんはすきなことしてて大丈夫だよ」
「いやいや、それはだめだろう」

 俺ちょっと、お茶とってくる。
 
 そうつけたして、ベッドから腰を上げようとした時、ふいに手をつかまれた。じんわりと、少しだけ汗のにじんだ小さな手のひらに、俺の手首はおさまった。


「どうした?」「あのね、矢井田くん、」

 鈍感でもなく、ノロマでもなく、疎くもなく、経験がないわけでもない。彼らが俺と花崎を二人きりにしたわけも、彼女が言おうとしている言葉の続きも、容易に推測することができる。


 なんで、そんなとき、ベッドの後ろにある窓をみてしまったのだろう。その窓から意味不明な言語とともに乱入してくる無礼な幼馴染を思い出してしまったのだろう。すぐに俺は窓から視線をはずして、彼女をまっすぐ見据えた。震えた、真っ赤な、顔。

「あの、ね」

 口を、ひらかないで、お願いだから。(だって、答えなんて、決まってる)





 ばーか、ばーか、あああああ。あー、最悪。


(自覚するの、おっそ、自分、)



 あ、あ、もう、りくや。りくや、(陸哉、)




「ごめん」



 俺の開こうとしていた単語を、何の重みもなく言い放ったのは、耳なじんだ、懐かしい声だった。心の中で、名前を繰り返した、無意識に、意識的に。

 真夏の、クーラーがかかった部屋に突如として入り込んだ熱風。それが肩に触れたと思えば、首に、それが巻きついた。確かな、重みと感触と、彼の、においをもって。


「はちは、俺のなんだ」


 陸哉。


「誰にも、やらないから」


 お前、何してんの、


 背後で彼がくすり、と笑う声がして、花崎さんは、震えた顔でドアノブをひねって、そのまま部屋をでていった。たたたた、階段を下りる音。ばたん。玄関の扉。


「…陸哉」
「羽地、」
「…なに、して」
「何って、帰省」
「いや、違う、今の、なに」
「なんだろ、うーん、所有宣言?」
「なんで」
「さあ」
「いい加減離れろ」
「やだね」

 俺の首に腕をからめた彼は、俺を後ろから抱きしめている。俺はたった状態から力を抜くように、ベッドにすわりこめば、彼は俺を足の間にいれるようなたいせいをとった。


「なんであんなこといったんだよ」

 溜息をひとつ吐き出してから、背後にいる彼に言い放った。

「さあ、わかんねえ」
「俺とお前の関係は?」
「幼馴染」
「じゃあ俺が告白されようとされなくても、別に何だって関係ないだろ?」


 彼女作ろうと作らなくても、別に。


「じゃあなんだったら邪魔してよかったわけ?」
「幼馴染じゃなかったら」
「幼馴染じゃないっていうのは、じゃあ何になるわけ?」
「付き合ってたりとかだろ」
「じゃあ付き合おう」

 は?

「なんで」
「だって、そうじゃないとだめなんだろ?」
「つきあう、って」

 男同士、―――ああ、こいつ、腐男子だった。


「手えつないで、キスして、セックスすんだぞ?つきあうって、そうい――」


 頭をかきむしっていた腕を引かれた。背中はベッド。目の前にはハチ。からめとられた指は丁寧に恋人つなぎ。言葉の続きは、これまたご丁寧に陸哉の口の中に飛び込んでいた。

「ん、う」

 生ぬるい舌。
 口腔内を蹂躙する、感触。汚染されて、侵食される感覚。(でもそれでも、かまわなくて、)

「う、ッ!」
「そうだよ、手つないで、キスして、セックスしようよ」

 だから、付き合って。

 酸素を取り込む口からは、甲高い喘ぎ。首筋に這わされた舌。怪しい手つきをしだす手。ああ、こいつ、ああ、もう。


「なあ」

 
 もう、何もいうまい。


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