シュガーレス
「なんで、頼ってくれないんですか」

 豪勢な、机と、高そうな椅子に座る、目の前の男に、俺はそう言い放った。言われた本人は、さも、どうでもよさそうに、右手でパソコンのキーボード、左手と、左右の目ん玉で、書類に目を通しているようだった。せっかく俺がいれたコーヒーも、白い湯気はもう、消え失せて、ただ、黒い、冷えた温度のそれが、白いコップの中でうずくまっていた。

「頼るも、何もないだろう」

 ぽつり、溜息といっしょに目の前の男、――俺の雇い主である、会社の社長は、やっぱりどうでもよさげにつぶやくのだ。

「あきらかにオーバーワークぎみです」
「オーバーワークかは、私が決める」

 書類から手を離したかと思えば、銀色のメガネのフレームに中指をあてて、それを押し上げると、次は違う書類を彼は手に取った。キーボードは、とまらない。たまにモニターに目をやって、無感動な目で、書類にまた目を戻す。(いますぐその眼球と、白くて細い手首に、噛みついてやりたい)

 白い肌からみえる、皮膚。すこしやつれたようにもみえて、瞼の下に浮かぶ隈は、今までの社長には、明らかに、不釣り合いで。
「俺は、アンタの秘書です」
「知ってる」
「だから、頼ってくださいよ」
「じゃあ、コーヒーをいれてくれないか」
「さきほどいれたコーヒーが、デスクの上にまだありますが」
「熱いのがのみたい」
「どうせ、そうやって、のまないじゃないですか」

 彼は、俺のいれた、氷のような温度のそれを、嚥下した。ごくり、と、静寂に包まれた部屋に、彼の喉が上下する音が、一度響いて、すぐに、パソコンのタイピングの音が、再開された。


「俺は、アンタの恋人です」

 秘書として、恋人として、俺に、何かさせてくれないんですか。あなたのために、なにか、できないんですか。飲み込んでいた言葉を吐き出せば、彼は、ようやく、書類からも、パソコンからも目と手をどけて、こちらにまなざしを向けるのだ。

「そばにいるだけでいい」
「それは、俺が嫌です」
「でも私は、君がそばにいるだけでいいよ」


 その白い肌に浮かぶ、まっかな唇にくちづけてしまえ。口内に舌をゆっくり、突き刺して、粘膜を波とった。にがい。ブラックコーヒーなんて、嫌いだ。あまい、あまい、あまいものが、ほしい。でも、その人の唾液はひどくひどく、あまいような気がして、夢中で、なめとった。ふいに、両頬を、一定の温度で、包まれて、彼の武骨な手が俺の顔を、動かしたと思えば、俺は、彼の胸の中に着陸する。


「がっつくな、」
「てめーがたよんねえからだろーが」
「じゃあ、お願い、きいてくれるのか?」

 有無を言わさず、唇をふさがれた。返事なんて、お願いの内容なんて、聞かなくても、わかるよ。

 彼の腕の中で、俺は首もとに顔をうずめられた、次の瞬間、鈍い痛みが走った。キスマークなんてあまったるいもんじゃあなく、肌に歯をたてられたと気付いた時には、歯型をいたわるような、舌の感触。


 ああ、身ぶるいが、とまん、な。


「ずっと、そばにいて、ずっと、ずっと、一緒にいて」




 砂糖なんて、いらない。いつだって、


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