「すきです」
吐き出した声は、きっと、震えていた。喉を通過しないかと思われたその言葉が耳に届いて一番驚いたのは自分自身だ。
とある全寮制男子校の校舎裏。そこで俺は己のチキンハートに見事、勝利した。
一年の時から同じクラスで、ずっと好きだった、同じクラスの男子。爽やかで男子校だけれども、モテた。まあイケメンだしイケメンだしイケメンだし。性格いいし。あれだあれ、才色兼備。眉目秀麗?美人淡麗?とりあえずそういう四字熟語並べとけば、あいつの説明にはなる。
で、それに引き換え、俺は平凡。加えると小心者。そんなかんじ。だからほら、結果なんて見え見えでさあ。
「あー返事はいらない。結果なんてわかってるし。言いたかっただけだから」
俺は彼と向き合っていた状態から、身を翻し、そのまま帰ろうとした、その時。
「結果わかんの?」
ふと背後からそんな声がして、俺は振り向いてから頷いた。
「じゃあどんな結果?言ってみてよ」
なんだこいつ、いじわりいな畜生。そんなこと言わせるのか、と心の中で悪態を尽きながら、俺はため息を吐き出した。
「…好きじゃないんで、付き合えませんとか?」
「そう思うんだ?」
「うん」
こいつは、何がしたいんだ。
わけがわからず、彼の方をもう一度むき直せば、いつもの爽やかな笑顔とは一味違う笑顔をひとつ、俺に傾けた、。
「違うよ」
「えじゃあ何?きもい死ねホモとか?」
「本当に君って自虐的だよね」
一歩、彼が俺に向かって歩みよったかと思えば、先ほどとは違う、いつもの爽やかなきれいな、笑顔。花咲いた笑顔を、俺に、くれた。
「俺もすきです、付き合ってください」
意味不明な言葉の羅列と共に。
「っは、?」
頭が、正常に働かない。働く気がしない。
「すきなんだ」
「じょ、冗談?」
「何そのつまんない冗談」
「ドッキリ?」
「何で」
「え、じゃあ何さ?!」
信じたくない。信じればいいのに、うまく信じられないんだ。ひねくれてできてるから。だってこれ夢だろ?
「冗談でも夢でも、なんでもない。俺の本心だよ」
彼は困った顔をした。早く、信じてよ、なあんて笑っちゃってさあ。
「すきです、付き合ってください」
ああ、自分の臆病加減を押し切って、言ってよかった。
曇る視界の中で、現実だと気づかせる何かが、俺にチェックメイトと囁いた気がした。