I'll be right here.










青春は情欲的で切ない


吐く息のように瞬間瞬間で形を変えて
僕らの日常に色がついていく


冷たい廊下に響く足音
屋上に吹く風
静かな図書室に響く秒針の音
シャツを通して伝わる体温


始業ベルを無視してキスした
夜が明けるまで手を繋いでいた


放課後になれば会えるのに、いつでも君の姿を探していた


これから始まる世界の入り口に立って、
僕は君の手を離したんだ





I'll be right here.






あっという間に散ってしまった桜の花。今はもうすっかり青い葉に変わっている。

去年と同じ、変わらない自分の部屋にいるけど以前とは少しだけ雰囲気が違う。同居人が変わるだけでなんだか別の部屋みたいだ。

物、無かったもんなぁ。縁は。

ハンガーにかけて干してある青色のユニフォーム。新しくやって来た同室の1年生はスポーツが好きらしく、入学式の次の日にはサッカー部に入部届けを出していた。

汚れのひどい練習着や靴下はきちんと分けて自分で洗濯してる。なんていうか、ちゃんとした子だ。そういう子が同じ部屋になってくれたのは、本当にありがたい。

放課後と週末は練習があるから部屋には夜しかいない。必然的に一人の時間が増えた。

去年までは日課のようになっていた放課後の約束。それが無くなったことで、どうしても出来てしまう余計な時間。

それは縁も同じ。多分きっと、俺と同じようにその埋まらない時間をもてあましている。

宣言どおり縁は、放課後になると毎日ここに来て夕食を一緒に食べている。


「今日の晩飯、何にしよう…」

ソファに寝転んで、天井を見上げて目を瞑る。もう少ししたら買出しに行かないと。

「最近和食ばっかりだったからなー…」

勝威さんは一人暮らしでもちゃんとご飯食べてるかな。食べて無さそうだな。食べるの忘れて徹夜で本読んじゃうような人だし。

もう大学生だからそんな無茶はしてないかな。

大学ってどんな感じなんだろう。サークル…は全然興味無さそう。

飲み会…は、まだ未成年だけど。勝威さんって酔ったらどんな風になるんだろう。

あ、ていうかもう男子校じゃないから普通に女の子もいるんだよなー…そういう集まりには行って欲しくないなぁ…


「鷹臣、悪い夢でも見てるの?」


突然上から声が聞こえて、目を開けると顔を覗き込むように縁が立っていた。


「……今日の晩御飯考えてた」
「眉間に皺寄せて?」


そんな顔してたかな。そこまで露骨に嫌な顔してたつもりなかったのに。立ち上がりお茶でも飲もうかと思いキッチンへ向かうと、縁はその後ろをついてくる。


「なんか鷹臣、背が伸びた気がする」
「去年の身体測定からは伸びてたよ。少しだけど」
「どのくらい?」
「5ミリ」
「誤差じゃない?それ」


なにそれ。背が伸びたって言い出したのは縁なのに。これでもそれなりにちょっとずつ成長してるんだよ。


「そんな顔しないでよ。せっかく鷹臣の元気が出そうなお知らせ持ってきたんだから」


そう言うと縁は自分の携帯を 差し出した。画面を覗き込むと、表示されていたのは高遠さんからのメール。



"来月"
"二週目の日曜日"
"今度は勝威も一緒に、"



「……鷹臣にやけ過ぎだよ。たかが3ヶ月ぶりでしょ」


からかうように縁が笑う。だって、嬉しいんだもん。しょうがないじゃんか。


「縁はいいじゃん、高遠さん本当に毎月遊びに来てるし」
「……社会人てヒマなのかな?」


高遠さんが来るときはいつも嬉しそうにソワソワしているくせに。白々しく笑う縁がちょっと可愛かった。

夕暮れまではまだ時間がある。もう少ししたら夕飯の買出しに行こう。部活帰りの1年生のために、スタミナが付きそうなものでも作ってあげようかな。


くだらない冗談。他愛もない会話。
一緒にいてもいなくても、それぞれの日常は続いていく。


新しい街。
新しい部屋。
新しい暮らし。
新しい出会い。


春は苦手だ。
それは今でも変わらなくて。


何も変わりたくない。


できればずっと同じ場所に一緒にいたかった。

だってわかってるんだ。
人間の記憶なんて曖昧で、思い出は永遠じゃない。


昨日泣いたことも。今日笑ったことも。交わした言葉も時間も想いも。きっといつかは、その多くを忘れてしまう。



――――もう2度と、戻れない時間の中にいた。



季節は巡る。
何度も何度も春はやってくる。



窓の向こうには、きっと今まで以上の世界が待っている。









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