庭園で
特急列車から新幹線に乗り換えて京都駅に着いた頃には昼の12時を過ぎていた。荷物を一度旅館に置いて、ようやく辿り着いた嵐山天龍寺。
大きな楕円の池に面した大方丈の廊下から、縁と並んで庭園を眺めている。
「うわ…きれい」
「うん。俺ここの庭が一番好き」
紅葉の時期に来ればもっと良かったんだろうと思うけど、楓の木々が映りこんだ水面はそれだけでも充分に綺麗だった。
「縁、部屋の中から見るのもいいよ」
「あ…、ほんとだ」
廊下から室内に入り、ひんやりと冷たい畳の上から外を眺めると窓枠が額縁みたいに四角く風景を切り取っている。まるで1枚の絵を見てるみたいだ。
そういえば、いつの間にか高遠さんと勝威さんの姿が見えない。トイレにでも行ってるのかな。
「鷹臣は中学のときもここに来たの?」
「うん。あの時は雲竜図目当てに来たのに平日で公開してなくて、だから今日やっと見れて嬉しかった」
「そっか。僕も来れて良かったよ。いい思い出になると思う」
庭園を見つめたまま縁が呟いた。俺もそう思う。やっぱり4人で来れてよかった。強引な方法ではあったけど高遠さんには感謝してる。
「あのさ、高遠さんは卒業したら東京に行くんだよね」
「うん。兄貴もでしょ?合格すればの話だけど」
「…うん」
志望校を聞いたときはやっぱり少しショックだった。離れてしまうと言っても電車で数時間。京都に来るよりかは大分近いけれど。
「あっという間だよきっと。淋しがってるうちに僕達だってすぐに卒業だよ」
表情が曇った俺を気遣うように縁が顔を覗き込む。でもさ、縁は残り1年間だけど、俺はまだ2年もあるんだよ。1年間のその差って結構大きいと思う。
「……鷹臣。今、"僕は残り1年だからいいじゃん"って思ってるでしょ。鷹臣の考えてることくらいわかるんだからね」
図星をつかれて目を逸らす。俺なんで俺こういうの隠せないんだろ。
「縁は卒業したら、高遠さんのいる東京に行くんでしょ」
「まぁ、多分ね」
「俺はね、後1年したら縁までいなくなって1人になっちゃうんだよ」
俺の言葉を聞いて、縁は少し驚いた表情を浮かべた。
「……可愛いこと言うね」
去る側よりも見送る側の方がきっと淋しい。残される感覚。そんなの仕方ないことだって充分わかっているんだけど。
「縁は高遠さんと約束してるの?高校を卒業したら一緒に住むって」
「うん。僕は大学を卒業してからって言ったんだよ。学生のうちは生活費も払えないと思って。それなのに断りも無く利宇が2人用の部屋で契約してて…」
「……"利宇"?あ、高遠さんのことか。一瞬わかんなかったよ。下の名前で呼ぶの珍しいね」
次の瞬間、みるみるうちに縁の顔が赤くなっていく。
珍しい。縁が照れるところなんて。何に対しても羞恥の感情なんて抱かないものだと思っていた。そんな顔されたら見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうんだけど。
「いや…そんなに照れなくても。2人のときは"利宇"って呼んでるでしょ?」
「間違ったんだよ!今は!高遠に絶対言わないでよ」
「いや言うよ。今の縁の顔、面白かったもん」
「なんで…!」
だって高遠さんも「縁が照れたところは見たこと無い」って前に言ってたし。俺が先に見たって言ったらもの凄く悔しがりそう。
そのとき、遠くの方で俺達のことを呼ぶ声が聞こえた。勝威さんと高遠さんが廊下の向こうから歩いてくるのが見える。境内を歩いているうちにどこかではぐれてしまっていたのかもしれない。
「縁、そんなに赤い顔してたら2人に変に思われちゃうよ」
「……うるさい。別に普通だってば」
眉間に皺を寄せた縁が俺のことを睨みつける。さっきまであんなに良い感じに微笑んでたのにな。
「鷹臣くん次どこ行きたい?あ、野宮神社は学業のご利益があるんだって。勝威の合格祈願しに行こうか」
「試験前に浮かれて旅行に来てる奴にご利益も何も無いんじゃねぇかな。」
「まぁねー、参拝してないで勉強しとけよって話だもんね!」
『お前が言うな』って顔しつつも口には出さない勝威さんを見て、ここはそのまま流すことにする。
ひとまずこれから嵐山散策。
勝威さんはああ言うけど、合格祈願くらいはしてもいいんじゃないかと思う。
楽しい卒業旅行は始まったばかりだ。
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