ささやかな、それだけが僕の








[   TAKATO Side. ]




朝早く鷹臣くんの家を出て寮へ向かう電車の中で、縁から連絡があった。


「僕もこれから寮に帰る」と。


縁たちの実家の距離から考えると俺の方が何時間か先に着くから、お菓子でも作っておいてあげようかな。

ほんの数日間しか離れていなかったはずなのに、ものすごく久しぶりに感じてしまう。ほんと卒業したらどうなっちゃうんだろう。一体どれくらいの頻度で会えるものなんだろう。


用意しておくデザートはあまり時間も手間もかからないものにしようと思って。冷たいものがいいかな。アーモンドエッセンスも残ってたはずだし、杏仁豆腐でいいかな。帰り道、足りない材料をスーパーで買い込んで自室へ帰った。


勝威と鷹臣くんも夕ご飯の後に食べるかもしれないし、手早く3人分のデザートを用意して、使った器具を片付けてから一息ついてソファに横になる。

縁はまだ帰ってこない。どこにも寄らなければそろそろ着くはずだ。



そのときふと、以前勝威に聞かれた言葉を思い出した。



縁が勝威のことを性的対象としてみてるかなんて、あのとき俺はなんて答えればよかったんだろう。


正直に「思い当たる節がないわけでもない」とか、完全な否定として「そんなの絶対有り得ない」とか?


いつも、自分が思っていることよりも相手がどんな言葉を望んでいるかで考える癖がある。その癖が染み付いて、まるでそれが本心であるかのように錯覚してしまう。


人間の、心っていうのは。


一体どこにあるのが本当なんだ。




「高遠?」


突然名前を呼ばれて起き上がるとそこには縁が立っていた。足音にも、ドアを開ける音にすら気づかなかった。


「ノックしても反応ないから勝手に入ってきちゃったけど。寝てた?」
「起きてたよ。おかえり、みどりちゃん。」


いつもそうするように、頭を撫でてぎゅっと抱きしめる。外から帰ってきたときの匂いがする。腕を回した背中が汗で少し湿っていた。


「杏仁豆腐作ったけど食べる?」
「食べる…けど。」


縁が少し背伸びをして俺の首筋に顔をこすりつけた。猫みたいな仕草。甘えたいんだな。よかった。淋しかったのが俺だけじゃなくて。


「みどりちゃん汗かいてるね。」
「……外暑かったから。シャワー入ってこようかな。」
「いいよ、そのままで。」


抱きついている縁を持ち上げてベッドまで運ぶ。覆いかぶさって今度は俺が首筋に顔を埋めた。Tシャツの下に手を差し込むと、汗で少しじっとりした肌。


「言われると気になる。やっぱりお風呂入ってから…。」
「いいって。みどりちゃんならどんなでも好きだよ。」
「…………。」


あれ、反応がない。


「ねぇ最近よくそれ言うけど。なんかもう惰性で言ってない?僕それ嫌なんだよ。」


突然の言葉に面食らう。嫌?俺が好きだっていうのが、嫌なの?


顔を上げると不機嫌そうな縁の顔。ついさっきまであんなに甘えた顔をしていたのに、何かのスイッチを押してしまったんだろうか。


「なんで?俺は縁に好きって言っちゃいけないの?」

「そうじゃない。そうじゃなくて。言い聞かせてるみたいに聞こえるんだ。僕に対して何か思ってることがあるんじゃないの。高遠最近変だよ。明らかに何か考えてるし、なのにどうして何も言わないし何も聞かないの。」

「……聞いても聞かなくても、縁に対する気持ちは変わらないから。」

「だからそれが嫌なんだよ…!」


みるみるうちに縁の目に涙がたまって、零れ落ちそうなギリギリのところで留まっていた。


あ、まずい。泣く。めったに泣かない縁が。


腕に力を入れて俺から離れようとする縁をなだめるように抱きしめた。しばらくすると抵抗をやめて、大人しくなる。シャツを通して感じる縁の体温が熱かった。


「……なにがあっても好きなんて言って突き放さないでよ。もし僕が何か間違ったり裏切るような真似したら、そのときはちゃんと僕のことを嫌いになってよ…。」


「………縁。」


「そんな投げやりな言い方で諦めないで。僕は利宇に、ちゃんと好かれたいのに。」


抱きしめた肩が震えている。そんな風に考えてたなんて。こんなに一緒にいるのに気が付いてあげれなかった。


「ごめんね、縁。……ごめん。」


出会った時のことを思い出していた。縁が自分のことを好きかどうかがわからなくて、あのときもなかなか踏み込めなかった。他の事はわりとどんなことでも適当に流せてしまえるのに、縁に対してだけはいつも臆病だ。


「僕は鈍感で嫌われやすいから…。何かあるなら教えて欲しいんだよ。」

「嫌われやすいなんて、なんでそんな風に思うの。縁のこと嫌いな奴なんて…。」

「いるよ。みんな、僕のこと、」

「みんなって誰。俺も、勝威も鷹臣くんも純ちゃんも、みんな縁のことが好きなのに、そんな名前も出てこないような奴らの言う事ばっかり気にするの?」


俺が知っている縁は高校に入ってからだから。昔の縁がどんな風だったかは知らない。

だけどそれが何だって言うんだろう。縁は優しいって、それを知らないでこの子を傷つけた奴ら全員に、思い知らせたい。



もう縁を不安にさせたくない。



「話すよ。俺が思ってたこと全部。でもそれは縁がどうとかそんなことじゃないんだ。でも、もしこの先何か思うことがあったらそれもきちんと話すから。」

「…りう…。」


身体を離し縁の顔を覗き込んだ。
伏せた睫が濡れている。

泣かせてしまった事実で胸が苦しい。
涙を拭ってあげると表情が少し和らいだ。

あんな風に言われてもまだ、やっぱり何があっても縁のことを嫌いになれるとは思えない。


「そういえば鷹臣くんもね、縁のこと気にしてたよ。今日帰って来たら久しぶりにいっぱい話してみれば?」

「……うん、そうする。」

「勝威とも仲直りしたみたいだったし。」

「……そうなんだ。…あれ?なんでそんなことわかるの?鷹臣と会ったの?」

「え?いや、昨日鷹臣くんのとこ遊びに行って実家に泊まらせてもらったんだよねー…。勝威も夜に来て3人で…。」



言った瞬間、しおらしくしていた縁の表情が突然強張り眉間に皺がよった。


あれ、怒ってる?なんか怒ってるのかな?


俺また変なスイッチ押しちゃった?



「なにそれ。そんなの僕、全然聞いてないんですけど。」






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