それでいい
[ TAKAOMI Side. ]
「あれ…?メールがきてる。」
夜の9時過ぎ。風呂上りに勝威さんへメールを送ろうと思い部屋に戻って携帯を開くと、何件かの着信とメールが1件。
それは全て勝威さんからだった。
表示された名前に少しだけ緊張しつつメールを開くと、その内容は完全に予想外のもので。
「高遠さん!勝威さんに何か言ったんですか!?」
リビングで弟たちと3人でゲームをしている高遠さんへ向かって叫ぶ。ていうかこの短時間でものすごくうちの家族と馴染んでるな。なんなんだこの人。
「え?うんメールで。意地悪っていうか、…仕返し?」
「仕返しって…。なんて送ったんですか?」
「勝威はなんて?」
「なんかこっち向かってるって…。」
「わぁー、すごいね。送ったのが2時間くらい前だし勝威の家からならもうすぐ最寄り駅着くんじゃないかな?」
「……ひとまず行って来ます。」
濡れた髪のまま急いで家を出る。電車の中なら電話もできないだろうし、駅で待っているとメールを送った。こんな時間に来るなんて。一体高遠さんはなんて送ったんだろう。
駅へ近づくごとに緊張が高まっていく。話したいことは沢山あるのに上手く言葉にできる自信が無い。
昼間よりは涼しいけれど、夕方少しだけ雨が降ったせいで空気はじっとりと湿っていた。家から駅までは15分。
最寄り駅は小さく出入り口は一つしかない。何時着の電車に乗っているかもわからないのでひとまず駅の前で待っていると、すぐにポケットの中で着信音が鳴り出した。
『着いたけど。鷹臣今どこ。』
「駅の外。そのまま出てきてもらえれば…、あ。」
そこまで話したとき、人混みの中に勝威さんの姿を見つけた。勝威さんの方も俺に気づいたようでこちらへ足早に近づいてくる。
「着信、すぐ気づかなくてごめん。」
「高遠は?」
「高遠さんは俺の実家で待ってるよ。」
「つーか何でそんなことになってるんだよ。」
「俺もよくわかんないけど、流れ?勝威さんこそ、急にどうしたの?」
「どうって…。」
そのとき、勝威さんの手が俺の髪に触れた。
「髪すげぇ濡れてるけど。」
「風呂上りだから。急いでたし夏だから大丈夫かなって。」
「……悪かったな急に。ここじゃなんだし、話せる場所ある?」
駅前にファミレスもあるけど、どんな話をするかもわからないし。結局昼間に行った公園へ行くことにした。
住宅街の中、街灯の光はあまり届かず、公園内は暗闇に包まれている。先程までは高遠さんと並んで座っていたベンチに今度は勝威さんと一緒に座った。
「勝威さん……この前はごめん。しかも逃げるみたいに実家帰って来ちゃって。ほんとは今日連絡しようと思ってたんだ。俺もちゃんと話したかったから。」
「話ってどんな?」
心なしか。投げかけられた勝威さんの声がいつもよりも冷たく感じてしまう。だけど怒らせてしまうようなことをしたのは俺自身だ。
話したいことを頭の中で組み立てながら次の言葉を探していると、俺が話し出すより先に勝威さんが口を開いた。
「鷹臣はさ、俺といるの疲れる?」
「…え?」
「お前はあんまり感情表に出さないから。俺が嫌になったならちゃんと嫌って言えよ。離れたいなら離れたいって。」
静かな公園のベンチ。勝威さんに初めて気持ちを伝えたときのことを思い出した。
あのときもこんな風に2人で並んで話した。春なのに風が強くて寒かったのを覚えている。あのときからずっと、勝威さんが好きだっていう俺の気持ちは変わっていない。
「なんで?勝威さんのこと嫌いになるとか、それで離れたいとか、そんなこと考えたことも無いよ。」
「俺の前だからそう言ってるんじゃなくて?」
「だって、変な態度とっちゃって、むしろ俺が嫌われたかもって思ってたのに…。」
「あぁ……、鷹臣ちょっと一回待って。わかったわかった。」
突然勝威さんの声のトーンが変わる。振り向くと眉間に深く皺を寄せていた。
え?なになに?このタイミングでこんな顔をされるって、すごいショックなんだけど…わかったって、何が?
「俺は今高遠のことを殴りたい。」
突然勝威さんが俺の背中へ腕を回した。抱きしめられるのも久しぶりで、胸に顔を埋めるだけで心臓が跳ね上がる。
「そういえば、高遠さんはメールでなんて…。」
「俺と別れたほうがいいかどうかでお前から相談されてるって。」
あの人は…。そんな突拍子も無いこと送ってたのか。仕返しって言ってたけど一体なんのことなんだろう。
「だってあの高遠さんだよ?いっつも冗談ばっかり言う人なのに、そんなメール信じてここまで来たの?俺がそんなこと言うわけないのに…。」
「そんなのわかんねぇだろ。お前の態度は変だったし。」
「それは…ごめん。俺が勝手に縁に嫉妬して…。」
「お前が謝らなきゃいけないのは話すことを放棄しようとしたことだな。それ以外は別に謝らなくなくていい。」
顔を上げることができない俺の頭を勝威さんがなだめる様に撫でた。少し汗ばんだTシャツを通して心臓の音が伝わってくる。俺と同じように、勝威さんも少し緊張しているのかもしれない。
「疑うなとは言わないから。これでわかっただろ。嫉妬くらい俺だってするし不安にもなるよ。」
「でも勝威さん、俺本当に自分に自信が無いんだ。変わらなきゃと思ったけど駄目だった。この先もずっと、どうでもいいようなことで悩み続けると思うよ。」
「いいよそれで。お前は別に無理して変わらなくていい。」
下を向く俺の顔を勝威さんが両手で包み込む。
僅かな街灯の灯りしかない空間でもこれだけ近ければ表情はわかる。この目が好きなんだ。無表情なのにいつも優しい。
「お前がまた自信なくしたら、その都度俺がお前の好きなところ教えてやるから。気が済むまで何回でも。」
………なんか、すごいことを、言われた気がした。
淡々と投げかけられたその言葉に、目の前がチカチカする。
昔から自分のことがあまり好きなじゃなくて。変わらなきゃ、直さなきゃってそんなことばかり考えていた俺にとって、「そのままでいい」という言葉はものすごく衝撃的で。
そ、んなこと。そんなこと言っちゃうのかこの人。
そんな真顔で。なんなの。なんでそんな。
勝威さんてそんなに俺のこと好きなの。
「……あのな、言ってる俺が一番恥ずかしいんだからお前が無言になるなよ。」
「ご、ごめん。だって、今のは。」
恥ずかしいよ。今のは恥ずかしい。恥ずかしくて直視できないのに顔を掴まれているから目を逸らせない。
その後すぐに、照れ隠しのように唇が重なった。
久しぶりだ。本当にすごく、そう感じる。
絡めあう舌で離れていた時間を埋めていくみたいだ。
「勝威さん…ここうちの近所だから、やばいかも。」
これ以上するとまずい。俺自身欲望に抗う自信がない。本当はもっとしていたい。キスの先、その先のことだって。
「勝威さん、もうこんな時間だし。今日うち泊まる…?」
「2人も泊めて大丈夫なの。」
「……それは別に全然いいんだけどさ。」
強引な方法だったけど、結果的に高遠さんのおかげでこうして会えたんだ。感謝しなくちゃいけない。わかってる。間違ってもあれだ。高遠さんがどうとか、考えちゃいけないよな。
「……高遠邪魔だな。」
「勝威さん、それ絶対高遠さんの前で言っちゃ駄目だよ。」
ベンチから立ち上がり2人並んで家へ向かって歩き出す。人気の無い夜の道。俺が男じゃなかったら手を繋ぐくらい出来たのに、と思う。
いいんだ。今更そんなこと考えても仕方ない。
触れ合いたいなら2人だけのときにすればいい。
とりあえず今日はできそうにもないけど。
ふと、縁のことが頭をよぎった。話さなきゃ。早く4人で元通りになりたい。
縁は今、何をしているだろう。
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