思い出








[   TAKAOMI Side. ]






失うのはいつも夏だった。



あの日もこんな風にただただ暑くて。
畳の匂い。母さんがかけてくれたタオルケット。


どこへも行かずに眠りこけていた俺の汗ばんだ額に、父さんの手が触れた。夏だというのにその手は冷たく、意識は少しだけ夢から引き戻された。


それでも目を開けるのが億劫で、遂に父さんの顔を見ることはなかった。


どちらが良かっただろう。俺にとっては大好きだった父さんの顔。少しでも記憶に残せるように最後の表情を目に焼き付けておけばよかっただろうか。


いいや、きっとどうせすぐ忘れていたはずだ。


その日父さんは出て行って、俺たちは4人家族になった。父さんは俺たち4人よりも、新しく出来たもっと大切な人のところへ行ってしまった。



6歳のときの、これが俺の最初の喪失。




「あー…暑い…。」


畳の上に寝そべって天井を見つめている。クーラーなんてないから窓は全開にしているけれど生暖かい風が忘れた頃に吹き込むくらいで何の清涼感もない。

うちはマンションの1階で、狭いけど一応庭がある。母さんにガーデニングの趣味なんてないから基本は放置状態だ。網戸越しに伸び始めた雑草を眺めて、こっちにいるうちに芝刈りしなきゃなぁ、なんて考えていた。


「瑞貴、今日希一は?」
「クラスの奴と遊びに行くって言ってた。」


隣のリビングで一人ゲームをしている弟に声をかける。双子だからっていつでも一緒に行動しているわけじゃないよな。当たり前だけど。母さんは仕事でいないから、今家にいるのは2人だけだ。


「昼飯いらないのかな…。瑞貴何食べたい?」
「なんでもいいよ。」
「なんでもいいなら素麺にするよ。」


時計を見ると正午をまわった頃。起き上がりキッチンへ向かう。実家にいても寮にいても、料理当番であることには変わらない。それ自体は何の文句もないけど、この連日の暑さのせいで買い物に行くことだけが面倒だった。


「ねぇ、兄ちゃんさ。」
「なに?」
「いつまで実家にいるの?」


え。えぇー……。

帰ってこいって言ったのお前らなのに、もうそんなこと言われちゃうわけ?酷くない?


「……なにそれ、もう帰れってこと?」

「そうじゃなくて、まさかこんな早く帰ってくると思わなかったし。もうそろ1週間くらいたつし。あっちで予定とかないの?」

「別に…。ひとまずカワルのとこ行くまでは帰らないと思うけど。」

「あ、そっか…。」


そのとき、玄関のチャイムが鳴った。料理中の俺は手が放せず、ゲームを中断し瑞貴が立ち上がる。

宅配便か何かかと思っていたのに瑞貴はなかなか戻らない。友達でも遊びに来たんだろうか。小学生でも携帯を持つこのご時勢にアポなしで来るってあんまり無いような気もするけど。

しばらくすると駆け足で瑞貴が戻ってきた。


「兄ちゃん、友達来てるけど。」
「誰の?」
「兄ちゃんの。あの、学園祭で会った人。背が高い方の。」
「……はぁ?!」


あり得ない展開に驚きすぎて危うく包丁で手を怪我するところだった。慌てて玄関へ向かう。縁、じゃないってこと?だとしたら残り2人しか…!



「うわぁ…何かもう、あからさまにがっかりしてるよね。勝威かと思った?」



玄関口に立っていた人物。それは予想外というかなんというか。別に期待なんかしてなかったけど。いや、ちょっとはしたかもしれないけど。


「高遠さん…、なんで俺の家知ってるんですか…!?」
「えへへ、俺はなんでも知ってるからね!」


なにそれ怖い。相変わらずこの人の行動は、一つも予測できない。







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