僕たちはいつも誰かのことを考えている








[   TAKAOMI Side. ]





勝威さんからメールで呼び出されてすぐに談話室へ向かった。当の本人はまだ来ていない。


談話室といっても廊下と壁も仕切りもなにもなく、いくつかの椅子とテーブル、共有で読める雑誌や新聞が置いてあるだけの本当に小さなスペースだ。

あまり込み入った話をするには向いていない場所ではあるけど、夜にここへくる学生は殆どいないから問題はないと思う。

椅子に座り、先程買ったコーラを飲みながら待つ。

しばらくすると廊下の向こうから勝威さんが現れて「急に悪かったな」、と言ってから俺の隣に座った。

呼び出された理由までは何も聞いていないけど、どんな話をするかは大体想像がついている。


「俺だけ母親が違うってこと、高遠に聞いたんだろ。別に急ぎで話すようなことでもないんだけど、変なタイミングでで伝わったから。」


勝威さんはいつもと同じトーンで話し始めた。こんな話題なのに、話しづらいだとかそういう雰囲気はまったく感じない。


「なんてことないことだから話すんだからな。変に隠したらお前気にするだろうし。

大体想像はついてると思うけど。不倫だよ。愛人の子供ってやつ。俺も詳しいことは聞かされてないけど、俺が生まれるときにはもう別れてたらしい。多分母さんは俺ができたこと自体親父に話してなかったんだろうな。

ずっと俺と母さんの2人暮らしだったんだけど、10歳のときに急に親父に預けられた。それっきり母さんとは会ってない。そのときは理由を教えてもらえなかったけど、何年か後になって母さんは体を壊して入院してるって聞いた。

親父には、預けられる1年位前から何度か会ってた。ただの知り合いだって聞かされてたんだけど。純と縁もそのとき紹介されて、まさか兄弟になるとは思ってなかったな。

俺が正式に野崎の家に入ることになって、純と縁の母親は入れ替わりに出て行ったよ。まぁ…普通に考えて嫌だよな。いきなり愛人の子供連れてきて育てろって言われても。」



ずっと淡々と話していた勝威さんが、少し自嘲気味に笑った。このままこの話を聞き続けていていいんだろうか。俺にその権利があるんだろうか。



「暗い話に聞こえるかもしれないけど、俺自身は別に。なにかと良くしてもらったしさ。」

「勝威さんのお母さんは…。」

「生きてるよ。なんかよくわかんねぇけど、純だけ連絡取ってる。学園祭で写真撮っただろ。夏に毎年送ってるんだ。俺が今の家に来たのがちょうど今頃だったから。」

「そんな大事な写真に俺が入っちゃってよかったの?」

「いいんだよ、純は俺が楽しい学園生活送ってる姿を送りたいんだから。」


楽しい学園生活。その一部に俺が含まれてるって言ってくれるのかな。


「俺が来たときに純はもう18で、母親がいなくなった後の家のことは全部あいつがやってくれた。あいつはああいう性格だし、縁と俺で扱いに差をつけることもなかった。だから俺にとっては純の方が母親みたいな存在かもしれない。

ただ、縁がなぁ…。」


「…縁?」


「俺らってさ、実家にいた頃は今普通に会話してるのが不思議なくらい険悪だったんだよ。兄弟だって明かされる前までは、年も近くてわりと仲良かったはずなんだけど。一緒に住み始めてからはひたすら嫌悪されて避けられて。結局そのまま中学を卒業して俺が家を出たから。だから縁がこの学校に入ってきたときは正直驚いた。入学してからは昔よりは大分性格も丸くなってて、それもまたびっくりしたけど。」


「そうだったんだ…。」


ふと、縁の言葉を思い出す。勝威さんのことを、好きでも嫌いでもないと、そう言っていた。果たして、本当に縁はずっと勝威さんのことを嫌いだったんだろうか。


「それでもあいつのことは今でもよくわかんねぇよ。弟みたいに扱えるようになったのもここ1年くらいだし。距離感計りかねてるな、ずっと。」

「……それまでは?」

「それまで?」


勝威さんから縁の話を聞くたびにわけもわからず不安になっていた。俺と縁を比べたら、どっちの方が大事なんだろうって、そんな不毛なことを考えている。

恋は怖い。怖くて重くて痛い。なにかのスイッチが押されたように、吐き出される言葉が止まらなかった。


「勝威さんは大事にしてるよ。縁のこと。すごく。自覚はないのかもしれないけど、気づかないうちによく縁の話してる。」

「……鷹臣。」

「縁と、勝威さんは、」

「鷹臣。」



勝威さんの手が俺の右肩を掴んだ。

制止されていなかったら俺の口は何を言っていたんだろう。

血の気が引く。呆れただろうか。失望しただろうか。そうだとしたら俺は、勝威さんを失うんだろうか。

それはとてつもない恐怖だった。重すぎる。大切すぎるものを手に入れてしまったことに今更気づいた。だからずっとずっと、大事なものを作らないようにしてきたのに。



「俺と縁が、そういう風に見えるの。」



勝威さんは少し悲しそうな声でそう呟いた。表情はいつもと変わらないから、怒っているのかどうかもわからない。



「……勝威さん、ごめん。俺変だよね。ほんとにごめん。なんでもないんだ。話してくれてありがとう。…今日はもう部屋に戻る。」

「お前は。」



取り繕ってこの場を去ろうと立ち上がった俺の手を勝威さんが掴んだ。



「お前はいつまでもそうやって、俺に壁作るのな。」



小さく静かな談話室の中、視界が歪んで勝威さんの顔がよく見えない。



人は根本的には変われない。痛いくらいに感じている。たとえどんなに大切な人を前にしても。





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